Retrovirus
MAINLOG

Since 2001.02.16 Japanese versiton Only.

同じもの、同じ空気、それから。

 二歩先を歩いていたクロが突然立ち止まって振り返った。
 それから、不思議そうに首を捻って二、三度鼻を鳴らした。

「何だ」
「あやな、やっぱしじゅんじゅんとおんなじ匂いする。なんで?」
「……気のせいだろう」

 立ち止まっているクロを抜いて寮へと再度歩き始める。

「あ、待って待って! あたしも一緒にあやなの所へ帰るんだから!」
「帰らなくていい。むしろどこかへ旅立て。って言うかお前ランニングの途中だろうが。とっとと戻れ」
「じゃあまたあたしの上に圧し掛かってよ! 制服越しに伝わるあやなの体温を感じないとあた……ぐはぁおぅっっ?!」

 硬く握った右の拳をクロの左頬に向けて全力で叩き込む。
 手応えは本日最高だった。

「真面目に走って来いどアホウ。私は帰る」

 ゴロンと地面に転がったクロをそのまま捨て置いて寮へと入った。
 ったく……あの時はあの時だ。
 私も油断していたし……。

 自室へ向かいながら、小さく息を吐いた。

 やっぱり、わかるか。他からだと。
 クロに言われた言葉を思い出して、またひとつ溜息。
 自分でもどうしてこんな事をしてしまったのかわからないが、やってしまったものは仕方ない。
 ……しかし、こうも簡単にバレてしまっているという事は、当然ヤツが気付いていないわけがない。
 だとしたらそろそろ何か言われるか……。

 自室のドアノブを捻ると簡単に回った。
 部屋に入ると、既に戻っていた順と目が合った。

「あ、おかえりー」
「……ん」

 適当に相槌を打って、鞄を机へ放る。
 ……っと、そうだ。

「順、ほら」
「ん? ……っとと」

 鞄の中に入っていたパックのカフェオレのひとつを順に向かって放る。

「どったの、コレ? くれんの?」
「途中で会ったモカなんとか達に貰った。いらないなら返せ、私が貰う」
「いやいや、ありがたくいただきまーす。丁度買いに出ようか迷ってたんだよね。グッドタイミーングッ」
「そ」

 ついでに鞄の中身を明日の時間割のものと入れ替えてから、鞄を机の横に立て掛ける。
 それから、自分のベッドに放ってあるトレーナーをひっぱり出した。

「…………何?」

 制服の上着を脱いでトレーナーに着替えた所で、じっとこっちを見ている順の視線に気付いた。
 ……ってか、こいつ、ずっと見てたのか……?

「いやぁ、今日は上下とも白だったのかーと思って」
「いつ見たんだ下は」
「ナ・イ・ショ☆ あたしはいつでもどこでも綾那のコト見守ってるんだから☆」
「タチの悪いストーカーだなオイ」

 制服のスカートの下にジャージをはいてから、スカートを脱ぐ。

「てーかさー、綾那ぁ~」
「今度は何?」
「何か感じ違う? ここ最近。つか、一昨日辺りから」
「……はぁ?」

 何かな~、とカフェオレをすすりながら順が不思議そうに小さく首を捻った。

「私は何も変わりないけど」
「そっかなー」

 さっきとは打って変わって、ニヤニヤと小さく笑みを浮かべている順。
 …………嫌な、予感。

「……何よ。言いたい事あるなら言えば?」
「いやいや~ん、綾那さんこそ~どうぞ~?」

 ……これはもう、確信犯だな。
 だからと言って素直に口を割るのも癪に障る。

「……別に。言うことはないな」
「ふーん? じゃ、どうしていつも使ってるシャンプーじゃないの? つか、なーんであたしのシャンプー使ってんのかな~?」

 ……やっぱり、確信犯だ、コイツ。
 今にも噴出してしまいそうになる笑いを堪えるようにして、順が私を見ていた。
 それから無理矢理視線を外して、小さく溜息。

「気のせいでしょ。シャンプー変えてないし」
「まぁ、いいけどね~。面白いから今のままでも。この、乙女さんめ!」

 ビシリと両手で指差される。

「う、うっさい黙れ!」

 くそ……全て見透かされてる気がする。
 そうだ。確かに使ったな、ヤツのを。
 今ある自分用のシャンプーの容器には、表記してあるメーカーのものではなくて、順がいつも使っているものがほんの少しだけ入れてある。
 中身が切れたからとりあえず入れたわけじゃない。
 それには、ちゃんとした自分の意思があってそうしたわけで。

 居心地が悪くなって、リモコンでついていたテレビのチャンネルをニュースからビデオに切り替える。
 それから少し乱暴にゲーム機のスイッチを入れて立ち上げた。

「あっ、ちょっとー! 見てたのに!」
「知らん。他で見ろ」
「も~~~~!」

 いつもの定位置に座ってコントローラを手に取ってゲームを開始する。

「……っとに~」

 ぶつぶつと小さく文句を言いながら、私が開こうとしたゲーム雑誌を取り上げる順。
 その動きに合わせて、ふわりと、自分と同じ香りが鼻腔をくすぐる。
 同じタイミングで、僅かにドキリと胸が高鳴った。

「……何をする」
「あたしは援護とナビ担当で」
「間に合ってる」
「人の楽しみを邪魔したんだから、いいでしょーが」

 手際よくコントローラーをもうひとつ接続すると、ページを捲って今立ち上げたものと同じタイトルのページを開く。

「だったら、順が前線行け。私が後援に回る」
「前線いいの?」
「お前はいつも死なすだろうが。遅いんだよ回復が」
「じゃあ、コイツ使おーっと」

 メニューを開いて設定を変えていくのを見ながら、順に知られないように小さく息を吐く。

 仕方ないだろ。
 私は順が纏うこの香りが好きで、……そんな順も好きで。
 だから、同じものを纏えば、もっと近づけるんじゃないかって、思ったんだ。

「よーっし、準備完了! いつでもオッケー!」
「ん」
「昨日の続きからでしょ? 裏ダンジョンのどこまで行けるかーって」
「そーだ。無駄なコトすんなよ。回復してやらんぞ」
「ちょっ、それ話が違うくない?!」
「ほれ、エンカウント」
「ぅおっ、ちょっと敵に当たんの早いって!」
「いいから集中しろバカ」

 喚く順に悪態をついて私もゲームに集中する。

 ――――本当は、こいつと居るこの空気があるのなら。

 同じものなんて、必要ないのかもしれないけれど。

▲PageTOPへ