Retrovirus
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深夜の訪問者

 何かに呼ばれて意識が浮上する。
 ぼんやりと枕元に転がしてある小さな目覚まし時計を拾い上げて目前にかざして見る。

 ………まだ、日が変わって2時間しか経ってない。

 目覚まし時計を持っていた腕とともに投げ出して、小さく溜息。
 ベッドに入るまでは、本気で眠かったんだけど。
 ここで目が覚めたということは、思うほどではなかったという事か。

 そこで、ふと気付いた。

「……順?」

 確認のために、上で多分寝ているであろうルームメイトに声を掛ける。
 しばらく待ったけれど、返事は返ってこなかった。
 まぁ、そうだろうな。
 今ここに順の気配を感じられない。
 あるのは、ここにいる自分と、少し離れた場所にいる小さな気配だけ。

 ………ん?

 意識した瞬間、コンコンと控えめなノックが部屋に響いた。
 ドアを叩いているのは、その気配の持ち主。
 誰だ……こんな時間に訪ねて来るのは。
 順ならこんな回りくどいことはせずに勝手に入るだろうし。
 他には……クロも順と同じ理由で却下。
 鍵掛かってても勝手に入ってきそうな奴ら(順は同部屋だから鍵持ってるし)だから、それはありえないだろう。
 ゆかりは……例え用があってもこんな時間に来そうにないし、夕歩はもうとっくに寝てる時間だ。
 じゃあ、誰?

 再度控えめなノックがあったのを確かめてから、ベッドを降りて玄関へ向かう。
 一呼吸置いてから、ドアノブを捻ってドアを開ける。

「……あ」

 そこにいたのは。
 寝巻き姿のままで、多少の愛想笑いを浮かべてる夕歩だった。

「……何してんの、夕歩」
「ぉ……起こした?」
「起こしたも何も、起こそうとしてたんでしょ?」
「起きてるのかと思って。なかなか出てくれないから、ゲームに集中してるのかなーとか」
「さっきまで寝てたけど。で、どうかした?」

 ここに居る理由を尋ねる言葉を向けると、一瞬だけ夕歩の目が泳いだ。
 何か聞いちゃマズイ理由でもあるわけ……?

「順、いる?」
「……いや、まだ戻ってないけど。いつ戻るかもわからないし、あいつに用なら明日学校での方がいいと思うけど」
「ううん、いないならそれでいいの」

 小さく息を吐いて、意を決したように私を見上げる夕歩。

「今晩、こっち泊まっていい?」
「はい?」

 いつも順に入れるツッコミと同じノリで聞き返してしまった。

「ぁ、えっと……ダメ?」
「……とりあえず、中入ったら?」

 夕歩が通れるように道を開けて中に促す。
 ……本当は、上目で私を見る視線に耐えられなくなって、目を逸らしたかっただけなんだけど。

「お邪魔します」

 律儀に一言断ってから部屋に上がる夕歩。
 それを聞きながら静かにドアを閉める。
 ……鍵、掛けた方がいいんだろうか?
 掛けた方がいいんだろうな。
 私だけならまだしも、夕歩いるんだし。
 音を立てないようにドアを施錠して振り返ると、不思議そうな顔をして夕歩が私を見ていた。

「どうかした?」
「いや……なんでも」

 受け流して、出しっぱなしにしていた水の入ったペットボトルのキャップを開けてひと口煽る。

「綾那は、すぐに寝る?」
「……布団に入れば寝れるだろうけど」
「じゃあ……」

 言葉を切って、少しの間を置いて、

「綾那のトコで……いい?」

 どこか恥ずかしそうに、小さくぽつりと、夕歩が呟いた。
 それから一呼吸置いて、妙に大きな音でパキリと何かが鳴った。

「え、ちょっと、綾那?!」
「へ? あ、ぅわっ!!」

 暗がりでもわかるくらいに足元が濡れていた。
 見兼ねた夕歩が部屋の電気を入れて、すぐにタオルを差し出してくれた。

「あ、ありがと」
「握りつぶさなくてもいいと思うんだけど」
「あー……」

 そうさせたのは、どこの誰だ、一体。

「水で良かったね。乾けば問題ないし」
「まぁ……ね」

 適当に自分のジャージと床を拭いて、潰したペットボトルと一緒にタオルをテーブルに置く。

 さすが姉妹というべきなのか……?
 発想が順と似てる。
 ある意味、順よりストレートかもしれない。

「電気、消すよ?」
「え?」
「寝るんじゃないの?」
「………………」

 順と比べて邪気がない分、どう反応していいのかがわからない。
 扱いとしては、下心スケスケの奴の方がマシかもしれない、と思った。

「……枕、使っていいから」

 夕歩を見ないようにして自分のねぐらへ戻る。
 大丈夫、害はない。
 あるとすれば、それは私自身、だろう。

「ん、ありがとね」

 静かな声と共に、再度部屋の照明が消される。
 かけ布団を一度大きく広げ直して、僅かに中に篭っていた熱を逃がす。
 夕歩がちゃんと寝れるだけのスペースを確保するために壁際に擦り寄って、自分の寝る場所をしっかり意識に焼き付ける。

 ここから動くなよ、私。
 妙な気を起こすな。
 壁にでも向かっていればいい。
 ……なんだか、今自分がしている事がバカみたいに思えて、軽く自己嫌悪に陥りそうになった。

「……ホントはね」

 ベッドに近づいた夕歩の呟きに、視線を向ける。
 さっきと同じ、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべている夕歩と目が合った。

「順がいようといるまいと、最初から」
「……え?」
「……最初から、泊めてもらうつもりだったと言うか…………今は綾那と、一緒にいたくて」

 この静けさに溶けそうなくらい小さく言葉が消えていく。
 ……ちょっと待て。

「だから、良かった。断られなくて」

 暗がりでもはっきりとわかるくらい、嬉しそうに笑う笑顔を目の当たりにして。
 思わず、苦笑を返した。

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