Retrovirus
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腕の中で

 息苦しさを感じて目が覚めた。
 視界は真っ暗で、自分がどこにいるのかがわからない。
 そこでふと、自分とは違う匂いを感じた。

 ……そうだった。
 綾那の所に、来てたんだっけ。
 それにしても……動けないのはどうして?

 手も足も動くけれど、寝返りを打てない。
 そう言えば、何だか綾那の匂いがすごい近くというか。
 ぴったりとくっついてるみたいに、相手の鼓動が聞こえる。
 ………え、鼓動?

 動きづらい頭を動かして上を向いてみる。
 暗がりでもわかるくらいはっきりと、綾那の顔が見えた。
 それも、息が掛かるくらいの近距離で。

「…………?!」

 思わず叫ぶかと思った。
 どんな状況からそうなったのかはわからないけれど。
 正面から、しっかりと抱き竦められてた。
 枕だと思っていたのは、どうやら綾那の腕らしく。
 じゃあ、顔に当たってるこの感触って、胸?

 えぇ……っと……。
 声、掛けるべきなの、これ……?

「っ……ん」

 ピクリと綾那が身じろぎして、私を抱き締めていた腕が少しだけ緩んだ。
 少しだけ息苦しさから解放される。

「……っ…………じゅ……ん」

 緩んだ腕から抜け出そうと動こうとした瞬間。
 はっきりとは聞き取れなかったけれど、そんな呟きを聞いてしまった。
 思わず、まじまじと綾那の顔を見つめてしまう。

「………………」

 僅かに眉間に皺を寄せて、苦しそうな顔。
 同時に、私も胸の奥が締め付けられるような息苦しさを覚える。


 私がここにいるのに。
 呼ぶのは……その名前なんだ。

 抱かれている腕やすぐ目の前から感じられる温もりが、急に悲しく感じられる。
 心地よい温かさが、急に遠く感じる。

 近い所にいるから、その分私からは遠い。
 わかってる。
 わかってるけど。
 だからこそ、今この場所が。

「……こんの、どアホウがー!!」
「っわあぁっ?!」

 突然ハッキリとあがった叫びに、今度こそ私も声があがった。
 な……なに? 今の。

 不満そうなしかめっ面の眉間に深い皺が刻まれてから、少ししてうっすらと綾那が目を開けた。
 ぼんやりとすぐ目の前の私をしばらく見つめて、そのまま。

「………………」

 そのまま、やんわりと抱き寄せられた。
 どうしてこうなったのか、思考が追いつかない。
 寝ぼけて寝言を言ってるんだってのはわかりきってる事なんだけど。
 まさかいきなり叫ばれるなんて思わないし。
 あの叫びようからすると、きっと順に対してだとは思うんだけど。

 ただ、抱き寄せられる前にかすかに見た綾那の表情は。
 とても柔らかい笑みだった気がする。

 再度寝息が聞こえ始めてしばらく経っても、まだドキドキが収まらないでいた。
 向けられた笑みが違う人へ向かっていたとしても。
 今ここにいるのは間違いなく私で。

「……夕歩?」

 静寂を壊さない程度の低音が、小さく私を呼んだ。
 一呼吸置いて、同じくらいの音で小さく返事を返す。
 けれど、綾那は言葉を捜しているのか、また沈黙が流れた。

「綾那?」
「……うん、よかった。ちゃんと、夕歩だ」

 安心したようにポツリと零した言葉には。
 照れくさそうな、はにかむような笑みが含まれていて。
 もう一度ぎゅっと私を抱き締めると、綾那は今度こそ眠りへと落ちて行った。

「………………」

 私はと言うと。
 唐突に垣間見た綾那の笑みだったり。
 探るように私を呼んだ純粋な声だったり。

「……バカ」

 本人に聞こえない程度に、呟いてみる。
 不意にあんなものを見せられたら、どうしようも出来ないじゃない。
 息苦しいのは、抱き締められてるからじゃなくて……高鳴ってる胸の鼓動のせいだ。

 ――――綾那のバカ。
 目が冴えちゃったじゃないの。

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