Retrovirus
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この空の下で(EVE barst error)

 澄み渡った空が目前に広がっている。
 辺りは砂漠だというのに、暑さが気にならない程の澄んだ青が、心の中まで浸透してくるくらい。
 それ程、この空は私の中に入ってきた。
 目の端に入る砂漠。
 ここは砂漠の街。
 そう、私は今、エルディアにいるのだ……。

 事件後、内調を辞めた私はその足でエルディアに飛んだ。
 この国は、私にとって、たくさんの思い出をくれた大切な国。
 彼女が暮らしていた、大切な場所だから。
 けど、その反面、辛い記憶をリアルに思い出させる場所……。
 忘れられない真実。
 忘れたくない絆。
 それをもっと深く胸刻み込むために、私は今ここにいるんだと思う……。

 一面の青に感嘆の溜息をひとつ漏らすと、空を見上げたまま、見晴らしの良いバルコニーの手摺りに背をもたれた。
 ゆっくりと流れていく雲を見つめたまま、また一つ溜息を吐く。
「どうかされましたか、法条さん?」
 ゆっくりとした、それでいて優しい響きのある声が聞こえた。
 声の主は私の横まで歩み寄ると、その手摺りに両肘をついた。
「ううん、ただ、日本で見る空よりも綺麗な青だなーって、感動してたの」
 笑みを交えて、上を向いたままそう答える。
 すると、彼女もくすりと笑って上を見上げた。
「そうですね。日本では、見られなかった青空かもしれませんね……」
 感慨深く呟く。
 そして、しばらく2人の間に沈黙が流れた。
 長い時間を置いて、視線を横の女性、プリシアに向ける。
 私の視線に気付いたのか、プリシアも私に向き直り、はかなげな優しい笑みを浮かべた。
 その笑みが、彼女とダブった。
 ……ま、プリシアの細胞を使って作り出したものだから、当然と言えば当然なんだけど……。
 今の私にはそれが嬉しい様な、辛い様な……複雑な気分。
「ホント、ゴメンなさい。忙しい時期に押し掛けちゃって。部屋まで用意してもらっちゃったしね」
「いえ、全然構いません。私の方こそろくなお構いも出来なくて……」
 そんなプリシアの言葉に、私はぱたぱたと右手を振った。
「とんでもない。こうして王宮に置いてくれてるだけでも嬉しいわ。それに……彼女にも会えるし……ね」
 言葉のトーンが意識的に下がってしまった。
 それを気にしてか、プリシアの表情が少し曇る。
 少しだけ無理に笑って見せると、先程から見せていた笑顔で頷いた。
 こうは言ってるけど、彼女にはまだ1回しか会っていない。
 彼女に会った時は、プリシアと2人で会いに行った。
 それも、私がその場にいられたのはほんの2~3分。
 水の棺に入っている彼女を見るのがすごく辛くて、まっすぐ彼女を見れなかった。
 だから、私一人では彼女に会えない。
 私一人で彼女に会う勇気が、まだ、見つからないから……。
「それはそうと、法条さんはいつ頃までエルディアへ?」
 沈黙を避けようと、プリシアは別の話題を振ってきた。
 私は、人指し指で右の頬を掻きながら「わかんない」と答えた。
「心の整理つくまで……は、ダメか。いつまでも押し掛けたままじゃいけないしね。でも、もう少しはいるつもりよ」
 もたれていた手摺りから離れると、両手を上に上げて大きく伸びをする。
「もう少し、エルディアを知っておきたいし……何たって、私にとっても大切な場所だからね、この国は」
 両肘を手摺りに付いて頬杖を付くと、まっすぐ伸びている砂漠の路を見る。
 路を行き交う様々な人々を遠目で眺めていると、プリシアがふと気付いた様に声をあげた。
「あら、もうこんな時間……」
 部屋の壁に掛かっている時計を見ながらそう言うと、彼女は頭を飾っていた冠を外した。
 私もつられて腕時計を見やる。
 午後3時を少し過ぎた時間。
 そっか……もう、こんな時間……か。
「法条さん。今日はどうなされますか?」
 遠慮がちに聞かれた私はプリシアから視線を反らし、再度手摺りにもたれた。
「今日は……一人で会って来るわ。多分それで、心の整理がつくはずだから」
 私の言葉に力強く頷くプリシア。
「余り後ろ向きな考えばかり持ってても仕方無いもの。いじいじ考えて暗い顔ばかりだと、真弥子ちゃんに怒られちゃうわ」
 笑って足元に視線を落とす。
「『笑って』ないと、怒られちゃう」
 プリシアに聞こえるか聞こえないか程の声で呟いた言葉が辺りに吸い込まれた。
 再びしんと静まり返る。
 私と同じく俯いていたプリシアが顔をあげた。
 そこには、見慣れた優しい笑みが浮かんでいた。
「……わかりました。では、私はまだ少し公務が残っていますのでこれで」
 軽く会釈をしてその場を去ろうとしたプリシアは、もう一度心配そうに私へ振り向いた。
 そんなプリシアに、おどけてVサインを送る。
 私の反応に笑顔を見せたプリシアは、今度こそ部屋を出ていった。
 ドアの閉まる乾いた音が耳へと入る。
 けじめをつけなきゃ。
 そうしないと、私はずっとこのままで……彼女との約束が守れない。
 『笑って』いるという、彼女のささやかな願いを……。
「…………よしっ」
 今日こそ、1人で彼女に……真弥子ちゃんに会いに行かなきゃね。
 きっと彼女も待っていてくれているわ。
 ひとつ大きく深呼吸する。
 暖かな風が胸一杯に広がっていく。
 吸い込んだ風をゆっくりと吐き出した後、私は意を決して自分の部屋を後にした。

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