Retrovirus
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Since 2001.02.16 Japanese versiton Only.

白昼夢

 ぐっ、と強い力で抱き締められる。
 同時に、すぐ耳元に聞こえる甘い声。
 昂ぶった意識がより強く揺さ振られて。
 その甘い音をもっと聞きたくなる。
 火の中にいるような熱い空気と。
 頭の中が溶けて行きそうなその息遣いと。
 変則的に聞こえる木材の軋む音と。
 背徳的な行為を犯している緊張感が、心地良い。
「っ、ぁ――――!」
 ワントーン高い声が、耳の奥を駆け抜けた。
 力を失った熱い身体が無遠慮に凭れかかってくる。
 抱き締められたまま、彼女の荒い呼吸に耳を傾けた。
 不必要な会話はしない。
 思っても、口にしない。
 口にすれば、どんなに綺麗な言葉でも陳腐なものになってしまうから。
 言葉にしたら、余計な感情まで溢れてしまいそうだから。
 するりと私を拘束していた腕が落ちて、盛大な溜息が聞こえた。
「少し、眠るわ」
 目を閉じブランケットを肩まで被ってごろんと私に背を向ける。
「いつ起こせばいい?」
「起こさなくていい。泊まるって言って来たから」
「……用意周到だこと」
 呟いて、下に落ちていたシャツとジーンズを拾い上げてベッドを降りる。
 簡単に衣服を身に着け、睡眠の邪魔をしないように足音を忍ばせて部屋のドアへと向かう。
「聖」
 ドアノブを握ったところで、背に声がかけられた。
「なーに?」
「チキンドリア、食べたい」
――――考えとく。その頃呼びに来るから」
 苦笑を零して、私は部屋を出た。

 見慣れた自分の部屋と、いつも眠っている自分のベッド。
 けれどそこには今、知っている、けれど見知らぬ姿が横たわっている。
 茜色から夕闇に染まりつつある空の光を遮るようにカーテンを引いて、光を遮断する。
 闇が落ちた部屋に向き直ると、素肌に羽織ったままだった厚手のデニムシャツのボタンを数個留めて、いまだ眠っているであろう友人の側へと歩み寄る。
 あまり見慣れない寝顔。姿。髪型。
 もう見慣れた白い肩。首筋。頬。
 規則正しく上下している胸まで薄手のブランケットをあげて、そのまま床に腰を降ろしてベッドへと背もたれた。
 大きく息を吐いて、目を閉じる。
 頭の中の熱はまだ冷めてはいない。
 手に残っている感触も、まだリアルに思い出せる。
 その声も。その顔も。その姿も。
 別になんでもない。
 ただ、友達としての有り方が、他と少し違うだけ。
 痛いほど、気持ちがわかっているから。
 受け止めきれず零れ落ちるぐらいの強過ぎる愛情を、感じているから。
 態度を変えるのは、築き上げてきた友達としての関係をも白紙に戻す行為だと自覚しているから。
 このままの関係が続くなんて思っていないけれど。
 このままずるずると引きずって歩いていくのには躊躇いがある。
 聡明な彼女も、とっくの昔にそれに気付いているはず。
 それなのに。
 一体何が、こんなにも縛り付けているのか。

 ――――それを知る前は、単なる気紛れだと、思っていたけれど。

 凭れた背を起こして、寝返りでこちらに向いた友達を見つめる。
 特別何かを感じているわけでもなくて。
 ただ一緒にいるだけ。
 ただの幼馴染み。
 だから、単なる友達。
 閉じられている目蓋に掛かった髪を指先で払いのけて、そのまま額を撫でるように江利子の髪を手で梳いた。
 指の間から零れ落ちる髪がさらさらと音を立てて滑っていく。
 それを何度か繰り返したところで、突然その手を掴まれた。
「優しさを向ける相手、間違ってるわよ」
「……え?」
「こういう優しさは、私じゃなくて、蓉子にあげなさい」
 凛とした声。
 寝ぼけていないところを見ると、結構早くから起きていたのだろうか。
 言葉で否定していながらも、髪を梳く私の手を払いのけようともせずに、その手を自身の顔に押し当てた。
「言わなかった? 私が欲しいのは、こんな優しさや言葉とか、あなたの心じゃない。欲しいのは、その唇とかこの指先とか、その身体。聖の心以外のものよ」
 淡々と呟かれる言葉。
 わかってる。
 そう言われて、触れられたから。
「心まではいらない。だって、私には踏み込めないもの」
 知っている。
 そう言われて、抱き締めたから。
 求められたから、答えただけ。
 そこに善悪の分別なんて関係なくて。
 それがいい事なのか悪い事なのかなんて疑問にも思わなくて。
「だからいらない」
 呟かれた声が、震えているように思えた。
 握られた指先が更に強く握られる。
――――私、こないだ余計な事言ってたわよね?」
「余計な事?」
 反芻して、はたと思い当たった。
「そうね。言ってた」
 やっぱり、と小さく溜息をつく江利子。
「じゃあ、余計ついでにもうひとつ。キスして」
 言われて、唇をついばむような軽い口づけをする。
「それじゃ足りない」
 離れようとした私の頬を両手で捕まえて、唇を奪われた。
 貪るように唇を吸い上げ、挿し込んだ舌先で口内をまさぐる。
 長く深い口づけのに応えている内に、私は再度ベッドの上へと誘い込まれていた。
 ギシリと二人分の重みを受けてベッドが軋む。
 呼吸を忘れて唇を求め合った後、熱っぽい瞳で私を見上げていた江利子が僅かに微笑んだ。
 それにつられて、私も笑みを零す。
「今日はいつもより情熱的ね」
「……さっき嫌な夢見たから、忘れたいの」
「夢、ね」
 剥き出しのままの白い腕が私の首へ絡みついてその距離を縮めた。
 それが何を意図しているのか、ピンとくる。
「忘れさせろって?」
「だから」
 絡み付いていた腕が解けて、ぐいと肩を後ろに押される。
 不意の出来事に私はそのままベッドへと押し倒された。
「ちょっ、江利子?」
「声を聞かせて」
 私に跨って止めてあるボタンを外しに掛かる。
 もどかしく苦戦しているその手を掴んで、私はシャツから遠ざけた。
「ちょっと、待ってってば」
「嫌よ」
 身体を起こして私を見下ろす江利子。
 光の加減でうっすらと何も纏っていない白い肌が浮かび上がって、私は一瞬ドキリとした。
「抱かせなさい」
「……よくもまぁ、恥ずかし気もなくストレートに言えるわね」
「思った事をそのまま言ってるだけよ」
 笑みも浮かべず、掴まれた手を振り払うと、早業で私のシャツのボタンを外して行く。
 抵抗する気はとうに失せていた。
 拒んだ所できちんと聞く相手ではないから。
 下着を着けていないままの胸を外に晒し、いつの間にか剥ぎ取られていたジーンズとショーツをベッド下に投げ捨てると、冷たい指先を私の肌へと押しつけた。
 その感覚がいまだ頭の片隅にあった少し前の熱のイメージを掘り起こして、ドクンと身体全体に行き渡った。
「相変わらず、感度のいい事」
 クスッと小さな笑みを零して、前置きも無く私の中へと指を突き立てた。
「っ――――!」
 内側を擦る細い指の動きが速い。
 あまり慣れない感覚に、もうすでに頭の中が白く焼き切れそうだった。
 ただ頭の中にあるのは。
 何故か片隅に引っ掛かっているもう一人の友人の姿と。
 もたらされるこの快感に身を溺れさせようとする欲だけだった。

 何度かの昂ぶりの後。
 互いに荒い呼吸を何度か繰り返して、大きく息を吐く。
 無言のままにゆっくりと江利子は身体を起こした。
「ったく。ついさっきシャワー浴びてきたのに、意味なくなったでしょ?」
 くしゃりと自身の前髪を掻きあげて私は笑った。
「あら、いいじゃない。遅かれ早かれ同じなんだから」
 私に跨ったまま、同じように髪を掻きあげて笑みを零す。
 不意に、つぅとその指が身体の上を滑った。
 咄嗟にあげそうになった声を飲み込んで、私を見下ろしている江利子を見る。
「その顔を、私以外に見せないで、聖」
 笑みを消した、神妙な顔が私を見ている。
「江利……っ、ん」
 いまだ敏感な下半身に、愛しむような緩やか過ぎる愛撫がされる。
「その声を、私以外に聞かせないで」
 言い終わらないかの内に身体から指を離された。
 何を言いたいのかが推し量れない。
 けれど、こんな彼女を見たのは……あの時以来だった。
 私を好きだと言った、あの時。
 口にしてはいけない言葉を口にした、身体を交わしていたの途中の。
 熱に浮かされて出た言葉を口にした時の、あの顔に似ていた。
 感情を奥に閉じ込めた目で、私を見下ろす。
「その身体を、私以外に許さないで」
 覆い被さるように私との距離を縮めて、闇の中でもわかるぐらいの至近距離で見つめ合う。
「蓉子にも、触れさせないで」
 その名に反応してギシリと胸が軋む。
 それがどうしてか、自分でもわからなかったけど。
「夢を現実にしないで」
 別に両天秤にかけているわけじゃない。
 純粋にどちらも大切で、どちらも手放したくなくて。
 でも、それぞれで有り方が違う。
 単なる友達。
 それは、一体どこまでをそう指すのか。
「……江利子?」
 それっきり黙り込んだ江利子を呼んだ。
 口にしたい言葉があって。
 けど、それは言ってはいけない。
 言えば、確かなものまで壊れてしまう。
 その顔は、そんな表情をしている。
「………………」
 小さな沈黙。
 そうして、すぐ目の前の瞳が、力強く私を射抜いた。
「あなた(これ)は、私のものよ」
 口にして、私を抱き締めた。
 強く。
 誰にも取られないようにと、強く。
 けれど、私には。
 答えなんて出せない。
 その場凌ぎの言葉なんて目に見える場所にいくらでも転がっているけれど。
 後々に続く答えなんて持ち得ない。
 ……私には。

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