Retrovirus
MAINLOG

Since 2001.02.16 Japanese versiton Only.

手紙。

『この空の下の何処かへいるあなたへ。
 またこの季節がやってきて、私はまたひとつ歳を取りました。
 こちらは相変わらず元気にやってます。
 そちらはどうですか?
 元気で暮らしているでしょうか?

 今でも時々、あなたを、あなたとの思い出を、思い出す事があります。
 あなたがいなくなった私はようやく「私」を見つめる事が出来るようになった思います。
 辛いわけではないけれど、やっぱりまだ弱いままだな、なんて。
 自分で思っているより傷は重くなかったのかもしれないと思えるようになりました。

 いつしかあなたから貰った手紙を、今でもとって置いている私は滑稽でしょうか?
 けれどあなたからのあの手紙は、私を、踏み外しそうになった道へと戻してくれた大事なもの。
 迷惑かもしれないけれど、あともう少しだけとっておこうと思います。』

「探したわ」
 そんな声が意識を急速に現実へと引き戻した。
 見上げていた空から、ゆっくりと声のした方へと顔を向ける。
 そこには、久しくしていた親友の姿があった。
 どうして此処に?とか何故?とかそんな言葉が頭を掠めたけど、何より彼女がすぐ隣に腰掛けている事の方が驚いてしまってしばらく見つめてしまった。
 驚く私を少しだけ見つめ返して、蓉子は肩を竦めた。
「家に連絡してもいないし、携帯も通じないし。知っていそうな人に当たってみたけど誰も知らないし。もしかして、と思って」
「……さすが。良くわかってるじゃない」
 本当、良くわかっている。
 この場所に――――2年前に経験した、あの別れの舞台だったこのホームのこのベンチに私がいるだなんて。
 他の誰かだったらきっとわからないはずだった。
「まあね」
 風に煽られた前髪をかき上げた蓉子が苦笑を零した。
 それを横目に見届けて、
――――もし、あの時ここから旅立っていたら」
「……え?」
「今のこの瞬間はないんだろうな――――なんて考えてた」
 再度、闇に染まった空を見上げた。
 ここに来た時より星がよく見えるようになっていた。
 思ったより今日は空気が澄んでいるみたいだ。
 ずっと見つめていた、少しだけ光の強い小さな星を見つける。
 そう言えば、あの時もひとつの星をずっと見上げていたような気がする。
 頼りなく光るそれを自分達に重ねてみたりして、それでも一人じゃなくて二人だからいつまででも輝いていれるんだなんて思ってた。
「……思い出していたの?」
 恐る恐るといったように聞いてくる蓉子に対して、
「ま、そんなトコ」
 小さく、多少自嘲気味な笑みでそう答えた。
 隠した所でどうもならないし、自分で思ったよりも素直に話せそうだと思えたから。
 少しだけばつの悪そうな顔をして蓉子が俯く。
 だからもう少しだけ言葉を補う事にした。
「何も考える事がなくなった時、ふと思い出すの。特に今日は」
 忘れるなんて出来ない。
 繋がりの全てを断ち切られた痛みを。
 その中で覚えた深い感情を。
 忘れることなど、出来るだろうか。
「今日ぐらいは、思い出してもいいかな、なんて」
「……そうね」
 小さく息を吐きながら呟く。
「それを止める権利までは、私にはないもの」
 久し振りに聞くいかにもらしい言葉に、口元が緩んでしまった。
「……堅いね、相変わらず」
「でも、事実だもの」
 ぽつりと呟かれた蓉子の言葉に笑みを零して、落ちてきた髪をかき上げる。
 そのまま遠くを見るようにホームに目を向ける蓉子の横顔をこっそりと盗み見た。
 居合わせなかったとしても、きっと彼女にとってもこの場所は何かしらの思いがある場所だとその表情から感じた。
 だから思っているのかもしれない。
 私がここから旅立っていた可能性を。
 彼女にとっては多分最悪の未来を。
「聖」
「ん?」
 こちらを見ないまま掛けられた声に、いつものように返事を返す。
「あの時、あのまま旅立てたら良かったって思ってる?」
――――――
 ドキリとした。
 思っていた事を覗かれたような気分。
 けれど、何となく嬉しい気持ちもある。
 ポーカーフェイスに見えて意外と顔に出るタイプの親友の横顔は、あの時と変わらない私を想ってくれる顔だった。
「いや、これで良かったよ」
 全てをなくしたと思っていた。
 繋いでいた両手が振り解かれて。
 傷だらけの手ではもう何も掴めないと思っていたから。
「そのおかげで今の私があるわけだし、蓉子にはすごく感謝してる」
 たくさんのものを貰った。
 たくさんのことを教わった。
 お姉さまと同じくらい、いや、もしかしたらお姉さまよりももっと迷惑をかけているかもしれない親友。
 私と同じくらい傷付き、傷付けてしまった彼女には、感謝という言葉だけでは足り無さすぎる。
 私へと振り向いた蓉子と入れ替わるように視線をホームへと戻す。
 時間が遅い事もあってか、まばらに人がいる程度だった。
――――もう1年か」
 ふと思った事を口に出した。
「え?」
「卒業以来じゃない? こうして顔合わすの」
「……えぇ、そうね。今更だけど、お久し振り」
「うん、久し振り。元気そうで良かった」
「あなたもね」
 今更のようにこんな会話を交わして、思わず笑ってしまった。
 つられたのか、隣の蓉子もクスクスと笑みを零している。
 傷を負ってささくれ立った手に触れてくれた笑顔は何も変わる事無く。
「ここで見かけた時は、声を掛けようか少し躊躇ったけどね」
「隣にいたのはちょっと驚いたよ」
「ごめんなさい。けど、なかなか気付かない方も悪いわよ」
 代わりに、握り締めていた想いが強くなっていく。
「ねぇ、蓉子」
 真っ直ぐに蓉子の黒の瞳を見つめながら、久し振りの名前を口にした。
「何?」
 見慣れた真っ直ぐな瞳が笑みを湛えて私を見つめている。
 手のひらの中で暖め続けた想いは、今でもちゃんと届くのだろうか?
 コートのポケットの中で握り締めていた左手を抜き出して、蓉子の前で手を開く。
「……あの時から塞がっていた片手は、今は何も掴んでないんだ」
「え?」
「その手を差し出したら、蓉子は掴んでくれる?」
 何を言われたのかわからないと言った顔でしばらく私を見つめた後、苦笑。
「新手のナンパ?」
「いや、結構本気の告白」
 おどけて言った私の言葉にもう一度笑って、自然な仕草で目の前に差し出した私の手をそっと蓉子は握った。
「そんな事確認しなくても、私はずっとあなたと手を繋いでいたのだけど?」
 私から目を逸らしながらも、殺し切れない笑みを零す蓉子。
 そんな顔を赤くしている蓉子の横顔を見つめた後、笑みを零した。
「それは、気付かなかった」
 ひんやりとした指先を暖めるように少し強く握り返す。
 本当に気付かなかった。
 手の中に残っていた暖かい小さな光を自分の気持ちだと握り締めていたものは、本当は彼女の想いだったのかもしれない。
 その光に、心を、身体を、私はどれだけ助けられてきたのだろう。
 この想いに、どれだけ守られていたのだろう。

『この空の下の何処かへいるあなたへ。
 私は、もう大丈夫です。
 あなたを失った傷はまだ完全に癒えてはいないけれど、歩き出す事は出来るから。』

「そういえば、何かあったの? こんな所まで私を探しに来たって事は」
 照れ隠しにずっと気になっていた事を振ってみる。
 すると、蓉子は今思い出したといわんばかりの顔をして苦笑を零した。
「嫌だわ、当初の目的を忘れるなんて。結構待たせているわね、これじゃ」
 左手首を返して時計を確認する。
「ん? 誰か一緒だったの?」
「えぇ、こわーい今回の幹事とね」
 いつもよりも不機嫌な顔をしたもう一人の親友が思い浮かんだ。
「もしかして、コレ?」
 と、空いている方の手で自分の額を指差す。
「えぇ」
「うわっ、そりゃ怖い」
 笑うと、私はずっと座っていたベンチから腰を上げた。
 不意の事にさっきまで繋がっていた手が離れる。
「聖?」
「行こう? これ以上待たせるともっと怖くなる」
 まだ温もりが残っている手のひらをもう一度差し出す。
 今度は確かな確信を持って。
「そうね」
 差し出された手と私の顔を見て、蓉子は当たり前のように私の手を取った。
「んじゃ、ダッシュで!」
「えっ、ちょっ?!」
 強く手を引いて駆け出す私に慌ててついてくる蓉子を横目で見て、心でこの場に別れを告げた。

『もし、またあなたに出逢ったとしたら。
 多分私はあの時と同じ気持ちを抱く事があるかもしれません。
 けれど、それはもしもの話。
 あなたを忘れる事はないけれど、もしあなたに出逢ったとしてもその時はきっとあなたではない誰かを想っているから。

 この空の下の何処かへいるあなたへ。
 私は、あなたに出逢えて良かった。
 そのおかげで、本当の意味で大切だと思えるもの達に出逢えたから。

 今度思う時は、今とは違った想いかもしれません。
 それでは、またいつか。

                      ――――――――大切な、あなたへ。』

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