Retrovirus
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Since 2001.02.16 Japanese versiton Only.

trick

 テーブルの上に広がる髪を掬い上げてそっと口づける。
 その一連の行動にカッと頬を赤く染め、困惑した表情を浮かべた。
「そんなに照れなくてもいいじゃない」
 上目で私を見上げる彼女に優しく微笑みかける。
「いや、照れてるとか、そういうわけではなくてですね、白薔薇さま……!」
「やーんっ、そんな顔されると堪んない~」
「だっ、から――――……!!」
 軽く押し当てるだけのキスで頬を掠めると、照れ隠しなのかささやかな抵抗で私を押し返そうとする祐巳ちゃんの一押しと、
「いい加減になさってください!!」
「聖、いい加減に――――っ!!」
 両サイドからの猛抗議の声とけたたましく鳴る椅子を引く音が重なった。
 それに顔を上げると、テーブルを挟んで向こう側から般若のような形相でこちらを見ている残りの紅薔薇姉妹と目が合った。
 さすがは姉妹。
 立ち上がるタイミングも怒る顔も似たようなもんだ。
 他の山百合会の面々は、無視を決め込んでいたり、ニヤついていたりと我関せずモード。
 私は敢えて口元に笑みを浮かべて、私の下にいる祐巳ちゃんの髪を撫でた。
「あっれ、見てた?」
「見てたも何も!!」
 思惑通りに祥子が食いかかってくる。
 と、その対面の蓉子がテーブルについていた手を握り締めている事に気付いた。
 珍しい。
 結構本気で怒ってる。
「あなた、わかっててやっているでしょう?」
 半ば脅しじみた口調に、さすがの祥子も一瞬怒りを忘れて自分の姉を見た。
 やっぱね。
 こんなに怒りのオーラを漂わせた蓉子を見たの、きっと初めてなんだろうな。
 というか、こんなにムキになって怒ってる蓉子に驚いているんだろうけど。
 だったら……こりゃ祥子にサービスするしか。
「ん、何を? 祐巳ちゃんを押し倒してる事? それとも代わりにして欲しかったって?」
 蓉子を思い切り煽る言葉と笑みを見せる。
――――――っ!!」
 大ビーンゴ。
 こめかみがピクリどころか、今にも大爆発しそうな様子。
 後はドッカーンと雷が落ちて……。
「あっ、お姉さま?!」
「紅薔薇さまっ!!」
 祥子や祐巳ちゃん達の制止も聞かず、当事者である蓉子はそのまま部屋を走り出てしまっていた。
 …………あれ?
 力任せに閉められた扉を見つめて、予想外の出来事をもう一度考えた。
 あのタイミングで、いつもなら蓉子の雷が落ちてくるハズだった。
 おっけーおっけー、それは間違ってない。
 けれど、この状況は違う。
 多分、だけど。
 本当にホンキで怒らせてしまった……とか?
「……あっちゃ~、やりすぎたかな、これ」
「白薔薇さま、お戯れが過ぎたんではないでしょうか?」
 反対側にいた祥子からチクチクと怒りが篭った言葉を投げられる。
 それに苦笑を零して、肩を竦める。
「聖」
 右側にいた江利子が、こちらを見ないまま口にしていた紅茶を飲み込んで私を呼んだ。
 それも、名前で。
 その呼び掛けに何が含まれているかなんて、わからないはずはない。
「……だよね、やっぱ」
 小さく息を吐いて、髪をかきあげる。
 ここは素直に非を認めた方が良さそうだ。
「ごめんね、祐巳ちゃん」
「へ? ……わわっ!」
 身体を起こしていた祐巳ちゃんを引っ張って床へ立たせると、祥子の方へと背中を押してやる。
 そのまま、江利子の後ろを通って部屋の出入り口へと向かった。
 残りのメンバーには後ろ手に手を振りつつ。
「んじゃ、回収してきま~す」

 音を立てないように廊下を歩く。
 吹き抜けから階下を覗くと、いつも通りの場所に黒髪の制服を見つける。
 全く、パターン通りで面白いヤツ。
 さっきと同じように音を立てないよう階段の中腹まで降りると、手摺りに両腕を付く。
 張り紙がしてある掲示板に凭れて、足元を見たまましょんぼりとしている友人を観察した。
 何やらブツブツと言っているのはわかるけど、何を言っているのかまではわからない。
 色々と考え事をしているのか、私の視線には全く気付いていないようだった。
 このまま気付くまでこうしているのも悪くないけれど。
「やっぱね」
 半永久的に気付きそうにないような気がして、そう声を掛けた。
 弾かれたように蓉子が驚いた表情で顔を上げる。
 それにひらひらと手を振りながら笑顔を返した。
「蓉子はいつも分かり易いトコにいるから」
「………………」
 いつもなら棘のある文句の一つも返ってくる場面で、本当に怒ってますとでも言いたそうにして蓉子はふいっと私から顔を逸らした。
 お、何か新しい反応。
 ちょっと新鮮かも。
 ……ま、とりあえず。
 凭れていた手摺りから身体を起こすと階段を駆け下りた。
 何事かと顔を上げた蓉子の手を取ると、すぐ側の部屋の扉を開けて多少に強引に部屋に連れ込む。
「なっ、何す……!」
「ごめん。反省してます」
 部屋の扉を閉めて、今にも叫びそうな蓉子に向き直って。
 ペコリと大きく頭を下げた。
 何かを言い掛けて、一旦言葉を飲み込んで。
 その後、蓉子は小さく溜息をついた。
――――反省しているようには見えないわ」
「ひっどいなぁ~。本当に反省してるのに」
 頭を上げて、落ちてきた髪をかき上げると、さっきと同じむっつりとした表情の蓉子を真っ直ぐに見る。
 キリッとしているいつもの紅薔薇さまではなく、気の許した相手にしか見せない表情。
 けどきっと、私にしか見せない顔だと自惚れる自信がある。
 そのギャップに魅せられて、すぐにでも緩みそうになる顔を何とか神妙に保った。
 しばらくそんな風に見つめあって。
 再度、蓉子が小さく溜息をついた。
「それじゃ、もうあんな事はしないって誓って」
 上目で私を見ながら、ぼそぼそと口先でそんなお願いを呟かれた。
 ちょい待った待った待った。
 反則でしょ、その態度は。
「それはちょっと」
「どうして?」
「そんな誓い立てたらさ」
 堪えきれなくなった笑みを零しながら、二人の距離を縮めて蓉子の髪を一撫でして頬に触れる。
「こんな風に蓉子に触れる事も出来なくなるでしょ?」
 一旦じっと蓉子の目を見つめて、思いっきりの笑顔を見せる。
 わざと返した見当違いの答えにウケたのか、むっつり顔が急に綻んで笑い声が上がった。
 よっしゃ、今度こそビンゴ。
「もう、そうじゃなくて」
 穏やかな顔に戻った蓉子が笑いを噛み殺しながら、触れた私の手の上からまた手を重ねた。
――――聖」
 息がかかりそうな程すぐ傍で見つめあう形のまま。
 一度目を伏せて、照れくさそうにまた私を見て。
 次は何を囁くのかがわかって、ゆっくりと顔を近づけた。
「じゃ、キス、して?」

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