Retrovirus
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声の彩

 私よりも少し大きな手が、離れないようにと強く指を絡ませてきた。
 令ちゃんとは少し、ううん、全然違う感触。
 だからなのかわからないけれど。
 令ちゃんじゃない他の誰かなのに、ドキッとしてしまった。

「やっぱこうしてるとあったかい」

 新しい玩具を貰った子供のように嬉しそうに笑うこの人は、一体何を考えているんだろう。
 頭の中で思いつく限りの事をシュミュレーションしてみるけれど、いまいちこの人――白薔薇さまの事を知らないから、しっくりとした答えなんて出てこない。
 それよりも、いつもいじられて玩具にされている祐巳さんの気持ちの方をわかってしまいそうだった。
 適当に「そうですね」なんて話を合わせて、いいから早く離して欲しいんですけどと無言の圧力を背中越しに送ってみる。
 そんな事で解放してくれるなんて全然思っていないけど。

「何がそんなに落ち着かないかなぁ?」

 クスクスとすぐ耳元で笑う声。

「わかってるくせに」
「令じゃないから、でしょ」

 簡単だね君達は、って。
 ただでさえ狭い椅子に二人で腰掛けてて、後ろから抱えられるようにして抱き締められて動けないでいるのに、無理矢理身体を動かして今すぐにでもこの腕を振り払いたかった。

 私と令ちゃんの在り方を貶されたように感じたから。
 そんな場所になんていたくない。
 けれど、それは強く腰に回された腕と、

「『由乃』」

 私を呼ぶ声に遮られてしまった。
 ただ呼ばれただけなのに。
 私の中の私も「それは違う」って叫んでいるのに。

「どう、似てた?」

 頭の上の方からさっきまで聞こえていた声がする。
 きっと単なる悪戯に過ぎないのだろうけれど、何だか自分から墓穴を掘ってしまったような気分になってしまっているのは何故なんだろう。

「さっきのちょっと自信あったんだけど。似てなかった?」
「全然似てなかったです」
「ふむ」

 だからもういい加減に離して下さい。
 そう言おうとして、急に視界を遮られて驚いた。
 目隠しのつもりなのか、手で目を覆われる。

 冗談じゃない。
 これ以上こんな事に付き合っていられない。

 目隠しを引き剥がそうとして、手の自由を奪われている事に今更気付いた。
 しっかりと両手首を捕まれているみたい。

「……何の、つもりですか?」

 指の隙間から漏れる光がかえって暗闇を膨張させているように思えて、ぎゅっと目を閉じた。

「暗い方が、感覚はより敏感になるじゃない?」

 目を覆っている、細い、けれどしなやかな指先に少しだけ力が入った。

「『ねぇ、由乃?』」

 ぞくりとするような低音。
 いつも毎日聞いているイントネーションだけど。
 音域も声質も全然違うのに。
 閉じた目蓋の裏に浮かんだ緩やかな笑顔にしっくりと当てはまって。
 その幻想を掻き消す様に咄嗟に目を開ける。
 ……はまったら、負けは確定。
 こんな悪戯に負けてなるものですか。

「いいね。そんなに意地になられると、落とし甲斐がある」

 どんな表情をしているのか、その声でよくわかった。
 一緒に思い浮かんだこの声の主のあの親友の姿にも悪態をつく。
 さすが親友を語るだけの事はある。
 ――――ほんと、最悪。

「いい加減にして下さい、白薔薇さま! 離して!」
「やめちゃう? いいけど?」

 相手を挑発する、笑みを十分に含んだ口調にイライラもそろそろ頂点に達しそうで。

「残念。折角ノってきたのにな~。でも、苛めた事がバレたら後で王子様に怒られそうだ」
「だから何でそこでれ……」
「『好きだよ』」

 最後の言葉と一緒に目隠しと拘束していた手を解かれたのに。
 ほんの少し掠れ掛かった囁くような言葉が。
 ドスンと重く圧し掛かって、すぐには動けなかった。
 後ろへ振り返ろうとして、背中を強く押されて思わず椅子から立ち上がってしまった。
 それと同じタイミングで部屋の扉が開く。

「あっ、ごきげんよう、白薔薇さま」
「祐巳ちゃ~ん! ごきげんよーっ!」
「うぎゃっ!!」

 後ろの気配が私を通り越して我先にと祐巳さんへ飛びついた。
 その後ろから祥子さま、紅薔薇さま、黄薔薇さま、志摩子さんが入って来て、最後尾にいた令ちゃんが笑いながら扉を閉める。

 ふと、令ちゃんと目が合った。

 ゆったりとした笑顔を向けてくれたのにそれから素っ気無く目を逸らして、お茶を淹れる作業に入ったばかりの志摩子さんへと走り寄った。
 カップとソーサーを人数分用意しながら、ちらりと横目で白薔薇さまを盗み見る。
 いつも見る、祥子さまと祐巳さんを相手に大笑いしている姿。
 その姿にはさっきと同じ雰囲気なんてどこにもなくて。

『好きだよ』

 まだ耳に残っている。
 数回聞いた中で、一番よく似ていた言葉。
 からかわれてるって事はよくわかっているんだけど。
 何故かどうしても、拭い去る事が出来なかった。

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