Retrovirus
MAINLOG

Since 2001.02.16 Japanese versiton Only.

思い、想う

 何も飾り気のない携帯電話を摘み上げて眺める。
 小さな好奇心から中を開いて着信履歴を見てしまったけれど、見ない方が良かったのかもしれない。
 見なかった事にして、明日朝一番に落ちていた場所へ戻そう。
 そう思って、摘み上げた白の携帯を隣の机に置いた。

「って、明日は祝日……」

 卓上カレンダーの黒い日付に挟まれた赤い数字が目に飛び込んで来て、思わず溜息をついてしまった。
 明日丸一日この携帯を持っていろという事なんだろうか。
 …………それは勘弁願いたい。
 ただでさえ人様の持ち物を落とし物だからとはいえ勝手に拝借して、あまつさえ勝手にプライベートを覗いてしまったから。
 ……なんて言えば、多少なりとも聞こえはよさそうかも。

 机に置いたばかりの携帯を再度手に取って、そのまま腰掛けていたベッドに倒れこむ。
 枕元に投げてあった自分の携帯も手元に手繰り寄せて、同じタイミングでふたつを開いた。
 機種もデザインも全然違う携帯の画面に全く同じ画像が映し出される。

 どうして、なんだろう。
 どうしてあの人は今でもこの写真を残しているのだろう。
 偶然通りかかったあの人を携帯カメラのテストだからと捕まえて。
 言ってしまえば私だってそんな理由で捕まったひとりだった。
 肩をめいっぱい寄せあって携帯に付いているカメラで撮った、何でもない単なる遊びで撮った写真なのに。

 カメラを選ばないあのカメラマンの腕も確かに理由のひとつかもしれない。
 自分で自分を撮るよりも何倍も様に見えるし。
 それに、こんなに穏やかに笑っているあの人を見た事がないから。
 一体どうすればこんな風に気持ちを写す事が出来るのか。
 画面に映っている傍らでぎこちなく笑っている自分を見つめる。

 と、右に持っている白の携帯がリズムをとって震え出した。
 画面には、大きく「自宅」の文字と番号が表示されている。

 …………出るべき、なんだろうか。
 自宅なら本人かもしれないし、家族の方でも事情を説明すればいい。
 でも……拾ったのが私だとわかったら、あの人はどう答えてくれるだろう。
 写真の事に触れてくれるだろうか。
 自分の中で答えを出さないまま、身体を起こしてコールボタンを押した。

「……もしもし」
『もしもし、私、佐藤と申します。その携帯の持ち主なんですけれども。今お時間は大丈夫でしょうか?』

 幾分丁寧な口調が受話口のスピーカーから聞こえた。
 すごく久し振りに聞く声に何だか嬉しくなる。

「ごきげんよう。私、リリアン女学園高等部の山口真美です」
『……あぁ、新聞部の。ごきげんよう。って事は、君の手元にあるって事?』
「はい。なかなかご連絡出来ず申し訳ありませんでした」

 思いと正反対な事をすらっと言ってのける自分に心で悪態をつく。

『いや、少なくとも私が知ってる人間に拾われただけでも儲け物だったわ。ありがとう』
「そう言って頂けるとこちらも助かります」

 写真の事に触れようか。
 今でもあの写真をお持ちなんですね、とか。

『それじゃ、さ。急で申し訳ナイんだけど、明日大丈夫?』
「明日、ですか?」

 言われて、ベッドの隣の机に置いているカレンダーを見る。

「はい、私は大丈夫ですけれど」
『んじゃ、お昼過ぎ……1時ぐらいにM駅の北口で会えないかな?ちゃんと返ってくればホントはいつでもいいんだけど』

 電話越しに何かのキーを叩く音に続いて「あ」と小さい声が聞こえた。

「何か?」
『ん? いや、こっちの事。で、どう?』

 私用で駅まで出ようと思っていたし、どうせ大した用事でもない。
 だったら、少しでも違う方へ気が向くのは当たり前だろう。

「わかりました。お昼の1時にM駅北口、ですね」

 それに――――もしかしたら。
 開いたままの自分の携帯の待受けを眺めながらそうであったらいいなと淡い期待を思った。

『じゃ、決まり。明日、ちゃんと私の携帯持って来るよーに』

 笑い声がこの電話の終わりを誘っていた。

「承知致しております」
『めいっぱいおめかししておいで』
「えっ?」

 クスクスと可笑しそうに忍び笑う声。

『折角だし、新しいの撮ろう』

 それじゃおやすみ、と私の返事を待たないまま一方的に回線を切られる。
 ツーと一定に聞こえていた電子音が途切れた事に気付くまで、少し時間を要してしまった。

 頭の中が混乱している。
 最後に言われた言葉を反芻して、そんな自分に驚いた。
 覚えて……くれていた?
 開いたままになっている、ふたつの画面に出ている画像を交互に見る。
 ……覚えてくれていた……!
 嬉しさ余って勢いをつけて後ろへと倒れた。
 数回の緩いバウンドの後、天井から降りて来る蛍光灯の光を遮るように携帯を投げ出した左手を翳す。
 そのまま、手の甲で目元を覆った。

 どうしよう、すごく舞い上がってる。

「……新しいの撮ろう、だって」

 さっきと同じ言葉をまた繰り返して、私は笑った。
 人というものは案外単純に出来ているのかもしれない。
 たったあれだけの言葉が、こんなに嬉しく思えるなんて。
 ひとしきり笑った後、ふとこの気持ちは何だろうと考える。

「……まさか、ね」

 呟いて、右手で握ったままの携帯を眺める。
 もし、仮に名前をつけるとすれば。
 それは。

 ――――「恋」とでも、言うのだろうか?

▲PageTOPへ