Retrovirus
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シロップ

 流しで食器を片付けている背後から忍び寄って脅かしてやろうというハイセンスな悪戯も、あともう一歩という所で見抜かれてしまった。
 何やってるのと呆れたような目をこっちに向けた後、いまだに咥えたままのスプーンの柄を摘み上げられそうになる。
 それを何とかかわして、持ったままだった紅茶のカップに戻し入れた。

「まだ使うからダメ」
「で、何しに来たの?」
「シロップは?」

 手に付いた泡を水で流しながら、そうだったわねと苦笑を零して冷蔵庫に目をやる。

「そこに買い置きがあったと思うけど」

 言われた通り冷蔵庫の取っ手に手を掛けた所で、

「違うわ。その上の籠」
「籠」

 少し開いてしまった冷蔵庫を閉めて、その上に乗っかっているプラスチックの籠の中に手を突っ込んだ。
 ガサリとビニールの感覚。
 それを取り上げると、未開封のポーションタイプのシロップの袋だった。

「でも、珍しいじゃない」

 洗った食器を水で濯いで水切り籠に立て掛けながら、肩越しにチラリとこっちを見る。

「何が?」
「あなたがコーヒーにシロップ足すなんて」

 そこからだとカップの中身が見えないのか、そんな見当違いの事を口にする。

「まぁ、たまには」

 だからそのまま話を合わせて、その場を立ち去った。

 テーブルに戻って物色して来た袋を開けて、持って歩いていたカップにまずシロップのポーション1つ。
 個人的にはこれだけでも十分に甘いのだけれど、もう一つ袋からポーションを取り出して上蓋を捲る。
 透明な液体を半分だけカップに垂らして、入ったままのスプーンで掻き混ぜた。
 これにもう3分の1シロップを足すと祐巳ちゃんに、1つ入れたのがシロップではなくてミルクだったら江利子が好む味になる。

 ぐるぐると橙の液体を掻き混ぜて、最後に掬って戻し入れる。
 高校時代、蓉子が好んで飲んでいたトワイニングのオレンジペコ。
 ブランドはどこでもいいけど、一番気に入っているのがトワイニングなの。
 なんて事を言っていたように思える。

「聖、もう洗い物な……いと思ったけど」

 小さなハンドタオルで手を拭いながら流しから戻って来た蓉子が苦笑を漏らした。

「これぐらい私が片付けますよー」

 出来たばかりの紅茶のカップを隣に座った蓉子の前に置く。
 未開封のポーションに伸ばしかけた手を止めて、そのままカップを手に取って口へ運ぶ。

「相変わらず、お茶を入れるのが上手いわね」
「蓉子の嗜好は把握済みですから」

 カップの淵から伸びているスプーンを取り上げると、試しにひと舐めしてみた。
 やっぱり、甘い。
 
「あなたのは?」
「もう済ませたよ」

 既に飲み干して空になっている自分のカップへと投げ入れる。
 カランという甲高い音に、ふと閃いた。

「ね、それ、ひとくちちょーだい」

 せっかくだし。
 食後といえば、落ち着いてお茶ってのもいいのだけど。
 はいと差し出されたカップを受け取って、そのままテーブルに置く。

「聖?」

 食後といえば、やっぱり甘いデザートでしょ。

 すぐ隣にいる華奢な肩を引き寄せて、何かを言い出そうとした口唇を自分のそれで塞いだ。
 鼻を抜ける紅茶の香りと、まさぐった舌に残る甘いシロップの味。

 顔を離すと、いまだにきょとんと私を見る目と視線が交差した。

「御馳」

 一瞬の間の後。
 紅潮した顔でこちらを睨む蓉子に、自分でも緩み過ぎたなと思う笑みが零れた。

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