Retrovirus
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ゲーム

 そう思い立ってしまうと、どうにもいたたまれなくなって席を立った。
 と、視線を感じてそちらへと顔を向けると。
「どうかした、令?」
 隣で今日の会議に使う書類の区分けをしていたはずのお姉さまが、口元を隠して必死に笑いを堪えていた。
「あ……いえ、忘れ物を思い出しただけです」
「なら、行ってらっしゃいな。まだ会議を始めるまでには時間はあるから」
 何故かくすくすと笑いを噛み締めているお姉さまに代わって、対面に座っていた紅薔薇さまがそうおっしゃった。
「では、少し席を外します」
「今の、何だか祐巳ちゃんみたいだったわよ、あなた」
 後ろに引いた椅子を戻したタイミングで、お姉さまからそう声を掛けられる。
「特に私に振り向いた時が、一番らしかったかもしれないわ」
「そ、そうですか?」
「えぇ、久しぶりに面白いもの見れたかも」
「黄薔薇さま、あまり妹を引き止めるものではなくてよ?」
 見ていられなくなったのか、紅薔薇さまが苦笑を零してお姉さまを制した。
「令、早く行きなさい。あなたが戻ったら会議を始めるから」
「はい、では」
 薔薇さま方二人に軽く会釈をして部屋を出る。

 何を忘れたのかと聞かれなくて、少しホッとした。
 聞かれていたら上手く誤魔化す言葉を用意出来ずに、口をついて言ってしまっていたかもしれない。

 薔薇の館を後にして、脇目も振らずに校舎へと入る。
 この敷地内で、空にもっとも高い場所を目指して。
 これで検討違いなら、私は二度とあの人を捕まえる事が出来ないだろう。
 そんな焦燥感が私を突き動かしていた。

 この焦りは一体どこから沸いてくるのか。
 それは多分、あの人が口にしたたった一言の言葉からだ。
 そして、それを律儀に守っている私自身からも。

 永遠に続くと思われるような階段を、後ろから付いて回るマイナスなイメージに圧されて躓きそうになりながら駆け上がる。
 階段の終点の暗がりにある鉄の扉を押し開けると、耳障りな金属音と共にねっとりとした湿気を含んだ暑い空気が流れ込んで来た。
 汗ばんでいる肌に追い打ちをかけるようなその熱気の中へと足を踏み出す。
 限られた空間だった校舎内とは打って変わった開けた場所には。
 見渡す限りには、誰もいないように見えて。

 ――――見つけた。

 屋上の一番隅。
 物陰に隠れて、よく目を凝らさないと気付かない様なその場所に。
「……見つけた……!」
 探していた後ろ姿を、見つけた。
 無意識に足があの人へと向いてしまう。
 あと数歩で手の触れる場所まで届くという所で、気配を感じたのか不意に彼女がこちらへと振り向いた。
「……ん? れ、ぃ……」
 紡ぎ出されて零れ落ちそうな言葉ごと、唇を塞いで飲み込んだ。
 だってそれは、ずっと待ち焦がれていた私を呼ぶ言葉だったから。
「……ったく、辛抱の効かないコだね」
 笑いを多いに含んだ口調で咎められる。
 それすらも、何だか嬉しく思ってしまえて。
 言葉で答えるよりも、再度唇を寄せる事で返答のつもりだったのに。
 寸での所で彼女の指先に阻まれてしまった。
「だから、ちょっと待ちなって」
「……見つけられたら、何でも聞くってルールでしたよね?」
「そうだっけ?」
 笑みを零したままの彼女の目が上目遣いに真っ直ぐ私を見据えた。

 交わしたルールはひとつ。
 定めた期間の間に、隠れた白薔薇さまを私が見つけて捕まえる――――すなわち、かくれんぼをして勝った方のいう事をひとつ聞くという単純なゲームをすること。
 それでも、単純にかくれんぼだけじゃつまらないから、と白薔薇さまが提案した追加ルールがあって。
 ゲーム中はどんな時でも相手と口を聞かない。
 これが結構単純そうに見えて実はとても重いルールだという事を、ゲームが始まってから嫌と言うほど思い知らされた。
 一言でも言葉を交わせないのは、正直、辛い。
 軽い挨拶すらも出来ないなんて。
 それがどれだけ私を苦しめたのか。
 この人は、わかっているのだろうか?

 私を見つめる、透き通るような、蒼の瞳。
 日本人離れした彼女の容姿をより一層引き立てる、双眼の蒼。
 私はこの色が、とても好きだ。
「……ったく、ホントにもう」
 耳に心地よい音で響くこの声が好きだ。
「仕方ないなぁ」
 苦笑の後、私の唇を阻んだ指先がするりと解けて。
「じゃあ、君の勝ちでいいよ。って、おいおいっ」
 止められていた身体を動かして、ぎゅっと彼女をかき抱いた。
「……そんなに淋しかったんだ、令ちゃんは?」
 ころころと笑うからかうような声。
 そんなの、当たり前だ。
 会えない時間は私にとってはこれ以上ない程の猛毒で。
 焦る私の前を澄まして行く彼女に、どれだけ触れたいと願ったのか。

 …………言葉に出来ないこの感情は、一体どうやって彼女へ伝えればいいんだろう?

 色素の薄いクセのない髪が頬をくすぐる。
 ゆったりとした呼吸で上下する胸や肩を感じる。
「令」
 ぽんぽんと私の背に回された手が私を軽く叩いた。
「何……?」
 言葉を言い終わらない内の、触れるだけの優しいキス。
「とりあえず、離してくれない? ちょっと苦しい」
「えっ? あ……!」
 力の加減なく抱き締めていたのか、私が腕を解いて解放すると彼女は小さな溜息を吐いた。
「す、すみません……」
「いーよ。良くわかったから」
 前髪をかき上げてにっこりと笑って。
「令も私とおんなじ気持ちだったんだって」

 耳元で囁くような甘い声と。
 それと同じくらい甘く感じた、何度目かの口づけ。
 聞こえた言葉の意味を探るよりも前にわかってしまった彼女の感情が嬉しくて。
 少しだけ背伸びした彼女の背を、そっと抱き寄せた。

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