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偶然(真・三國無双)

「陸遜、いる?」
 いつものように突然扉を開ける手前で、いつものように言われる小言を思い出して、今回は律儀に扉を軽くノックした後に部屋の扉を開けた。
「陸遜……?」
 奥の寝室に呼び掛けるように声を掛ける。
 しかし、誰の返事も返ってこない。
「…………いない?」
 何だか拍子抜けした、と言う顔をして、尚香は近くにあった椅子に腰掛けた。
「ちぇっ、今日も面白い話聞きに来たの……に?」
 と、傍の文机に何か走り書きを見つけた。
 走り書きとは言っても、流れるような綺麗で丁寧な文字。
「月……灯る光……散り行く桜…………何、これ?」
 しばらくじっとその走り書きを見つめていた尚香だったが、
「……もしかして……!」
 呟きと立ち上がるタイミングが同時に重なる。
 そしてそのまま部屋を走り出た。

 薄暗い廊下を、辺りの気配に気を付けながら駆け抜ける。

 思い当たった場所はこの城の外。
 しかも、滅多に人が足を運ばない小高い丘。
 その場所は、散策の途中で偶然に発見して、仕官したばかりの陸遜に偶然にも出会った場所だった。

 城門前の警備兵の目をかい潜って、何とか城を抜け出る。
 そのまま城の裏道を走って行くと、大きな桜の木が現れた。
「ここを、右っ」
 月明かりだけを頼りに細道を進んで行く。
 確信はなかったけれど、予感はしたから。
 たったこれだけの事に運命めいたものを感じてるなんて……。
 走りながら尚香は笑っていた。
 自分の知らない事をたくさん知っていて。
 自分よりも幼い笑顔で笑う少年。
 いつの間にか、心を奪われていたんだ。
 気になってしまうのは、きっとそのせい。
 そのせいで、今もこうして陸遜の姿を求めて走っているんだから。

 しばらく細道を走って行くと、細道から大きく開けた広場へと出た。
 呼吸を整えるために一旦足を止めて、深く深呼吸をした。
 月明かりでうすぼんやりとした広場を見回す。
 もうほとんど散ってしまった桜が辺りを彩り、薄紅の絨毯を思わせる。
 尚香の目指す場所はその絨毯の先。
 陸遜がいるとすれば、きっとそこだ。
 幾分落ち着いてきた呼吸で再び尚香は走り出した。
 出会えたら、まずは何て言ってやろう。
 謎解きを解いた事を誇ろうか。
 あの場所に呼び出された事を問おうか。
 ……それとも。
 緩やかな斜面を一気に駆け登り、目的の場所を目指す。
 うっすらと明かりが見えてきた。
 期待を胸にペースを上げていく。
 あともう少し。
 ここを登り切れば……。
 急に視界が開ける。
 見慣れた城が遥か遠くに見えた。
 尚香は足を止めずに煌々と辺りを照らしている灯篭へと向かった。
「陸遜っ!」
 堪え切れずに、その場に着くなり大きな声で陸遜を呼ぶ。
 けれど、返事はなかった。
「陸遜、いるんでしょ?」
 僅かに広い丘の上を探し歩く。
 少しの音も逃すまいと耳を澄ましてみた。
 風が炎を撫ぜる音がやけに大きく聞こえてくる。
 それに紛れるように、
「こんな時間にたった一人で出歩くなんて、感心しませんね」
 笑いを堪えた声がすぐ後ろで聞こえた。
「あら、またお小言?」
「違います。一国の姫であらせられるあなたにもっと自覚を持って頂きたいだけです」
 振り向こうとした尚香の横に並んで、陸遜は苦笑を零した。
「……部屋にいなかったあなたが悪いのよ」
「そう言う事にしておきます」
 灯篭のある方へ歩き出した陸遜の後を追って尚香も歩き出した。
「すぐにわかったわ、この場所にいるって」
「姫にならわかって頂けると思っていました」
「警備兵の目が厳しくて抜けるの大変だったんだから」
「すみません。けれど、今夜ここに来たかったので」
「どうしてあんな書置きを残していたの?」
「予感が、あったんですよ」
 足を止めた陸遜の背中にぶつかりそうになって、数歩後退る。
 ゆっくりと、被っていた帽子を脱いでいく仕草を見つめた。
 それは、昼間見たイメージとはまた違う感じ。
 暗い場所で会っている事も、そう思わせている要因かもしれない。
 優しい雰囲気はいつもと同じだけど、それとは別に、まだ知らない雰囲気を纏っている気がする。
「予感?」
「はい。私がここにいればきっと来てくれるんじゃないかって」
 振り向いて、陸遜は尚香を真っ直ぐに見つめた。
「願いが通じたのか、それも当たりました」
 にっこりと、年相応の柔らかな笑みを浮かべた。
 戦を左右する軍略を指揮する姿とはかけ離れた笑み。
 多分、それは自分だけに見せてくれていると自惚れても間違いじゃない。
 自然と笑みが零れる。
 それは次第に広がって、堪えきれずに吹き出してしまった。
「え、姫?」
 いきなり笑われて多少なりとも驚いている陸遜が声を掛けた。
「あははっ……ごめん、ちょっと」
 目尻に溜まった涙を指先で拭って、尚香は改めて陸遜に向き直った。
 さっきの笑顔で確信した。
 これは、絶対。
「良かった」
 貰った笑顔に負けない程の笑みを湛えて。

「あなたに出会えた事は、偶然じゃなかったのね」

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