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香(真・三國無双)

 こっそりと開けた扉から中を窺う。
 その部屋に誰もいない事を確認して、あたしは中へと滑り込んだ。
 本当は、戦に出ていて数日帰ってこないのがわかってるんだけどね。

 綺麗に片付けられた机の側を通って、真っ直ぐに奥の寝室へと行く。
 寝台に腰掛けて、そのまま後ろへと倒れ込む。
 香も炊いていないのに、ふわりと優しい香りがあたしを包んだ。

 この匂いが好きだ。
 父さまと同じだから。
 いつでも父さまを思い出させてくれるから。
 そんな事、彼は知らないだろうけど。

 そのまま目を閉じる。
 今、戦場はどうなっているのだろう。
 勝っているだろうか。
 それとも、思わしくない状況だろうか。
 選抜に選ばれなかった時は悔しかったけれど。
 生死を左右する戦に、我が侭だけでついては行けない事ぐらいわかる。
 あたしの他にも悔しい思いをした武将だっていっぱいいる。
 だから、我慢、しなくちゃ。
 たまには城で待つのも、いいかもだし。

 …………なんて。
 頭ではわかってるけど!
 やっぱり参戦したかった……!

 悶々とした気を払うため、ごろんと左へ返しを打つ。
 それにしても……。
 早く帰って来ないかな……。
 暗闇の中、投げ出した自分の指先を見つめながら、部屋の主の事を考えた。
 兄さま達も仲の良い武将達も、みんな色々と遠征に出ているって言うのに。
 あたしだけ城に置いていくなんて……。
 帰って来たら、絶対に問い詰めてやるんだから。
 こんな人事、あいつが仕組んだとしか考えられないもの。
 ホント、もしかしたら兄さま達よりもあたしに対して過保護過ぎかもしれないのに。
 そこまで考えて、はたと思い当たり思わず笑みが零れた。
 お目付け役としてちゃんと侍女がいるのに、それ以上にあたしの事を気にかけてくれる人。
 背もそんなに変わらない。
 年だって、あたしが一つ上なのに。
 いつも溜息をついた後、困ったように笑って、結局は全てを許してくれる。
 その、困った笑顔が、あたしは好きだ。

 人の気配を感じて目が覚めた。
 いつの間に眠ってしまったのか。
 ぼんやりと浮かんだそれをはっきりしない目で見つめて、思わず声をあげそうになる。
 どういう事?
 あたしの予定では、まだ帰らないハズなのに……。
 さくさくっと圧勝して早く終わったのかな?
 指揮は彼が取るって言ってたから、きっとそうなんでしょ。
 きっと眠っているであろう背中を見つめる。
 眠る前より、香りが強くなっている。
 それが、あたしを静かな気持ちにさせてくれた。

 …………ま、いっか。

 こちらに向けられている背に小さく笑みを向けて、あたしも彼に背を向けた。
 さして狭くない寝台だけど、敢えて、背を合わしてみたりして。

 ……何だか父さまがいるみたいで……。
 すごく、安心する……。

 目を閉じて、数刻も立たない内に揺さ振られて意識が覚醒した。
「……何よ……?」
「そ、それはこちらの科白です! いつ、どうして、ここにいらしたのですかっ?」
 身体を起こすと、ひそひそと切羽詰まった声で叫ぶ彼にひらひらと手を振って、
「取り敢えず、もうちょっと寝かせて」
 さっきまで寝ていた場所に再度彼に背を向けて寝転んだ。

 言えるわけないじゃない。
 ひとりにされて淋しかったからだ、なんて。
 だから一番安心出来るここに逃げ込んだ、なんて。

 絶対に、言えない。

 寝た振りが照れ隠しと悟らせないように、また目を閉じる。
 後ろから、小さな溜息が聞こえた。
「……今回だけですからね」
 笑みを含んだ優しい声が背中に掛かった。
「ねぇ」
 あたしに布団を掛け、その場を去ろうとする彼を呼び止めた。
「はい、如何しました?」
「いてよ」
「は?」
 間髪入れず間の抜けた声がする。

 ついでだもん。
 あたしを置いて行った仕返しも兼ねて、そうと気付くまで甘えてやるんだから。

 寝室の出入口で固まっている彼に、きっと暗くて見えないだろうけど。
「ここに、いてよ」
 にっこりと笑って見せた。

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