Retrovirus
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夢想(月姫)

 誰もいなくなった教室と言うのは、実に都合のよい場所だと思った。
 それも放課後すぐではなく、最終下校時刻ギリギリの時間。
 見回りの当直はしょぼくれた爺さんで、いちいちひとつひとつ教室の中を見て回るような律儀な奴ではないと知っている。
 だから、か。
 わざわざその時間になるまで、じっと息を殺して待っていたのは。

 ご身分の良い重役出勤で登校して来たにも関わらず、こいつは午前さまから保健室で朝寝かまして数時間しかない授業をサボりやがった。
 そんなに体調が思わしくないのなら、家でゆっくりと休めばいいものを。
 ふとそう思って、次にはあぁと納得する。
 本当の実家である遠野の家に、こいつはあまり帰りたがってはいなかったなと。
 どういう理由があってなのかそんなのは知らない。
 そもそも知りたいとも思わない。
 人にはそれぞれ事情や都合ってものがあるし、それを他人に干渉されたくないだろう。
 頓にこいつは干渉される事を嫌っていた。
 そう、嫌っていたハズなのに。
 どうして。

 唐突に、強い刺激に反応して意識が我に返る。
 意識した途端、背筋を何とも言えない程の快感が駆け抜けた。
 ワンテンポ遅れて、この場に到底そぐわない熱を持った声が上がる。
 薄く開かれていた目がぐっと閉じられて、肩を掴まれていた手に力が篭った。
 机に腰を預けただけの中途半端な位置でオレに貫かれた体勢を何とか維持しながら、襲い掛かる快楽を必死で受け止めようとしている。
 幾度交わっても慣れそうにない無理矢理に中を抉じ開ける感覚なのに、気がついた時にはこれ以上ないくらいに馴染んでいる。
 それは向こうも同じなのか、それまで痛みだけを訴えていた顔に徐々に艶のある色が浮かんで来ていた。
 余りにもきつい締め付けに力任せに腰を引く。
 そのまま、勢いを殺さずに打ち付ける。
「…………は、ッ……!」
 これで何度目かわからないその繰り返しの途中で、不意に腕を取られて身体を止めた。
 途端、下腹部の辺りに熱い熱を感じた。
 これが何か感覚でわかる。
 わかるけど。
 勢いのついた快楽には、そう簡単に歯止めは利かないもんだ。
 力が抜けた身体を机に押し付けるように倒して、右脚を抱える。
「ちょ、っ、待て……ってぁ、ぁっ!!」
 僅かに上がった抗議の声に構わず突き上げた。
 上がる声のボリュームを気にしてか、咄嗟に飲み込んで押さえ付ける。
 ここまで来て今更何が恥ずかしいのか、上気して赤かった顔が更に紅に染まった。
 そうして、いつも思ってしまう。
 どうして、自分は、こんなにも遠野志貴という存在に惹かれているのだろう。

「夢を、見るんだ」
 熱の収まった辺りに染み込むような呟き。
 ひとつ横の席の椅子に座って黒板を見つめる横顔が、ポツリとそう洩らした。
「夢?そんぐらい、いつでも見ねぇの?」
「ほとんど夢を見た事がなくてさ。今まで……有間の家では、見る事なんてなかった」
 つまり、遠野の実家に帰ってからそうなった、と言いたいらしい。
「で、それが?」
 わざわざ続きを聞かなくても大体の事情なんてものが飲み込めてはいるが、とりあえず続きを促す。
「……………………」
 気が抜けたように黒板の一点をじっと見つめたまま、沈黙。
 この状態に入ってしまうと、現状打破の方法はたったの1つ。
 ひたすら、待つ。
 オレは腰掛けていた椅子を後ろにずらして机に両脚を投げ出すと、後ろ頭で手を組んで椅子に凭れ掛かった。
 時折、遅くまで精を出している部活連中の喧騒が聞こえるぐらいで、後は何とも静かな空間だった。
 さっきの最中に見せていた顔は怯えの色が強かった。
 最初は行為に対する嫌悪なのかと思っていたけど、それは違うようだった。
 結局最初から最後までそれは拭えず、中途半端なまま快楽に溺れただけだったというわけで。
「なぁ、遠野」
 待つ事に痺れを切らしたわけじゃないが、余りにも堂々巡りな思考に陥ってそうなこいつに気を利かして声を掛ける。
 遅れること5秒、
「………………ん?」
 袋小路に迷い込みましたと言わんばかりの表情をして、遠野が振り向く。
「そんなに帰りたくねぇんなら、今日はウチ来りゃいいじゃん。真剣に悩むより、息抜いた方がいい」
「あぁ、まぁ、そうなんだけど……」
 僅かに苦笑を零して生返事。
 それも考えましたけどね、って顔でゆっくりと席を立った。
「やっぱり、帰る事にするよ」
 結構見慣れた困ったように笑う諦め顔。
 この顔で、一体こいつはどれだけの事を諦めてきたのか。
 単に叶わなくなったから欲を諦めるんじゃない。
 こいつは、「自分が楽出来るかもしれない道」を試しもしないで笑って諦める。
 今みたいに、割と簡単に。
――――あ、そ」
「ごめんな」
 そこいらの優男に標準装備されている情けない笑みを浮かべる遠野。
 それに、もう何度振り返したかわからない手を後手に振って、視線を夕闇に染まり掛けの空へと向ける。
 何となく見てられなかった。
 笑顔は、泣いているように見えたから。

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