Retrovirus
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望却の(Fate/hollow ataraxia)

 月明かりも満足に届かない森の奥。
 そこに、私が拠点としていた古めかしい洋館がある。
 奥ばった場所にあるためか人が滅多に入る事もないし、隠れ家にするには良い場所だった。
 いつ頃から管理がされていないのか、館へと続く道は消えそうな獣道だけ。
 過去にうっすらと付けられたであろう道を掻き分けるようにして、既に覚えてしまった道を進んでいく。

 今まで世話になった衛宮邸を出る時、外門を出た所で移転祝いだと士郎君に小ぶりのケーキ箱を持たされた。
 一人で食べるには少し多めの半ホール。
 直ぐにでも食して手荷物を減らす事も考えた。
 けれど折角の好意を無駄にするのも憚られて、今夜で最後に足を踏み入れる事になるであろうあの洋館へ持ち帰ろうと思ったのだ。

 緩やかな上り坂をあがると、後は10メートルもない直線を抜ければ目的の場所へ辿り着く。
 肩に担いでいるラックを担ぎ直して、あと一息の距離を踏み出した。

 数歩歩いた所で、キンと頭の中の警報が危険信号を発した。
 微かに何かの気配を感じ身を寄せた木の陰から様子を伺う。
 一呼吸置かずして、地面に着地するような軽い音が聞こえた。

 ドキリと。
 一際強く鼓動が高鳴る。

 闇の中でも差し支えなく辺りの様子が分かるのも、時と場合によって有り難味が違うものだ。
 この場合、一体どっちなのか。
 遠目からでもはっきりわかる。
 この気配、この雰囲気。あの背中。
 感じる空気は……。

 伺っていた気配が、私に気づいたのかゆっくりと動く。
 気まずそうに頭を掻いて「マズったな」と一言。
 この距離からでも十分にそれらが見て取れた。

 苦しい。
 義手を装着している肩の痕がきしむ。
 ドクドクと鳴る鼓動がうるさい程高鳴っている。
 呼吸が、苦しい。

「なーにをそこでボケッと突っ立ってやがんだ?」
 こちらを見ないままでそんな声だけが掛けられた。
 それでハッと我に返る。
 そうだ、どうして、彼がここにいるのかを。
「ここにはオレ以外いねぇんだ。姿くらい見せろや」
 隠れている私の姿が見えているくせに出て来いと言う。
 私は、ここを出る勇気がないのに。
 それでも。
 聞き出さなければ、ならないような気が、するのに。 
「……聞いてんのか? バゼット?」
 名前を呼ばれ、それに後押しされるように勝手に足が動いた。
 茂みを掻き分けて小さな広場に立つ。
 館に向いていた顔が、ちらりと少しだけこちらへ向いた。
 私は、その動作ひとつひとつから目が離せなくて。
 彼に呼ばれてそこまで出て行ったのはいいけれど、私からは一体どんな風に声を掛ければいいのかわからないまま沈黙を守る事しか出来なかった。
 時間にすればきっと30秒も経っていないこの時を、永遠と感じてしまった程に。

 風が木々を揺らして抜けていく。
 そうして、風がやむ頃にはお互いにきちんと向き合う距離にまで間が狭まっていた。

 真っ直ぐにこちらを見る紅い目から逃れるように目を逸らす。
「相変わらず、可愛げないな」
「…………私のスタンスを貴方にとやかく言われる筋合いはないのですが?」
「そりゃそうだ」
 クククと喉の奥に声を押し込むような笑い。
 短い期間の中で、幾度と無く見た笑い顔。

 あぁ、確かに覚えている。
 それもそうか。
 私は、羨望以上の感情を彼に持っていると、ようやく自覚出来た。
 いつか感じた穏やかな感情と、それは似ていたから。

「どうして、貴方がここに居るのです?」
 口をついて出そうになった他の言葉を飲み込んで、そう問いかける。
 飄々と笑う槍兵のサーヴァントは一旦私から視線を外して、肩を竦めた。
「命令されたんだ。マスター・・・・に」
 外されていた視線がゆっくりと戻って私を射抜く。
「そうじゃないと来るかよ、こんな場所」

 ドクンと、また鼓動が跳ね上がる。

「……そう、ですか」
 落ち着きかけた呼吸が再び苦しさを増して、やっとそれだけを吐き出す事が出来た。

 結局私は。
 何もかも中途半端なままでずるずると日々を過ごしていただけだったから。

「……では、何用だ、ランサー」

 切に願った思いがまた同じように届くなんて思わないけれど。
 せめて。

「アンタとやり合うと楽しそうだがな」
 僅かに感じた殺気に似た闘争心に、右手に持っていたケーキの箱とラックを出来るだけ穏便に足元に打ち捨て、戦闘態勢に入る。
 ……後日、士郎君には謝らなければ。
 しかし、彼はザッ、とその場で踵を返して私へ背を向けた。
「敵前逃亡?」
「誰が?」
「貴方以外に誰がいると?」
「もったいねぇな。小僧の手製だろうに」
「………………」
 ちらりと私の足元を一瞥、そのまま洋館への入り口へ向かおうとする。
「……え、ちょっと……?」
「いつまでボケッと突っ立ってやがる? それ持ってとっとと来いよ、マスター」
 ぶっきらぼうに、突き放すような口調で。
 彼は私を、何と呼んだ?

 投げかけられた呼び掛けに何も返せないままいると、先程より幾分仏頂面になった彼が振り返った。
 その視線と、驚きを隠せないでいる私とで、交差する。

 ―――――いつだったか。
 『令呪以外にひとつだけ、あんたの望みを聞いてやるよ。絶対の保障はないが』
 なんて。
 そう彼が言っていた言葉が、思い出された。
 私はそれに、一体何と答えたのか。

「……ちっ」
 小さく舌打ちして、今度こそ館へと消える背中。
 その表情には、笑みが零れていたように見えた。

 せめて。
 この胸に残る想いくらいは、ほんの僅かにでも願ってはいけないのかと。
 そう思っていたから。

 堪えきれなくなって、綻ぶ口元を握った拳で隠した。
 どうにか笑みを抑えて、それから。

 それから。
 嬉しくて、笑みが零れた。

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