待ち合わせ
待ち合わせに指定した駅の時計塔の前には、やっぱり見慣れた姿を見つける事は出来なかった。
左手首を裏返して時計を見る。
約束の時間まであと3分。
いつもと同じで時間通りに来る事は8割方ないとして。
今日は一体どれだけ待たされるんだろうかなんて考えながら、時計塔の壁へと凭れて小さく溜息をついた。
どうしてこうも時間にルーズなのか。
学校とかの公的な事に対してはきっちりしてるのに。
それが私になると、途端にだらしなくなって。
もっとしっかりして欲しいのに。
………………はぁ。
溜息と共に、ボーンボーンと午後12時を示す鐘の音が鳴り響いた。
一応、顔を上げて辺りを確認する。
聖の姿はまだ見えない。
ここからが時間との勝負だった。
と、不意に左隣に気配を感じて顔を向ける。
目に入ったのは涼しそうに交差された足元。
見覚えのあるサンダルから順に視線を上げていくと、口元にはタバコの替わりに棒の付いたキャンディを咥えて笑みが浮かんでいた。
「カーノジョ、お茶でも一緒にどう?」
少しずらされた薄い蒼掛かったサングラスから覗く目が私を見て軽くウィンク。
……何か、頭痛くなってきたかも。
「毎回毎回そのネタ、飽きない?」
「全然。どして?」
「……そう」
凭れていた壁を蹴って離れると、スカートの裾を直して再度聖に向き直った。
「そういえば、時間通りね。珍しい」
「珍しいとは失礼な。これでもすんごく頑張ったんだけど」
サングラスをしているのは、まだ眠そうな目元を隠すためだろうか。
よく見ると、眠いですという雰囲気がありありと出ていた。
「そうね。よく出来ました」
「よく出来ちゃいました」
聖がおどけて私の言葉を反芻して、二人笑いあった。
髪をかきあげた聖の仕草で、ふと胸元のボタンへと目が奪われた。
白いノースリーブのシャツの上から2番目のボタンだけ色が違う。
あれは、もしかして。
「まだボタン付け替えてないの?」
「ん? あぁ、コレ?」
聖は、今咥えているのと同じキャンディを私に差し出しながら、思い出したように笑った。
「何か頑丈につけてあるし、取り替えるのも面倒だからそのままにしてある」
「面倒って、下の糸を切るだけでいいじゃない」
受け取ったキャンディには派手な色の文字で「コーラ」と書かれていた。
「いーじゃん。ワンポイントでいいかもねって言ったの蓉子だよ?」
確かに。
無くなった白いボタンの代わりにその紺のボタンをつけたのは私だけれど。
あれは単なる応急処置だっただけで。
やっぱり、一箇所だけ紺なのはバランスが悪いというか。
「そのうち、このシャツのボタンが全部紺になったりして」
「何よ、それ」
「それだけ、一緒って事じゃん」
は?と、咄嗟に聞き返しそうになって、言葉を飲み込んだ。
言葉の意味に気付いてしまったから。
不意にドキドキと胸が高鳴る。
「……それで? 今日は何処に行くわけ?」
んー、と両手を上に突き出して背伸びをする聖の背から目を逸らして、貰ったキャンディを鞄にしまった。
「考えてなかった」
「は?」
「寝起きのままで来たから、そこまで頭が回らなかった」
「…………そう」
本当、頭が痛くなる。
約束をしたのは2日前なのに、何もないなんてどういう事?
……どうしてこう、私にはルーズなのか。
「蓉子はどっか行きたいトコ、ある?」
私だって特別行きたい所はないけれど。
聖が行きたい所でいいなんて言ったら、きっと家に連れ込まれるに決まっている。
「ゆっくり出来る所がいいわ。息抜き、なんでしょ?」
ゆっくりね、と反芻してずらしていたサングラスを元に戻す。
そうして、何の前触れもなく手を握られた。
「じゃ、いつものトコで」
サングラスをしていてもわかるぐらいへらっとした笑みを浮かべて、聖が歩き出した。
やっぱり早かれ遅かれ結局はそうなってしまうのか。
手を引かれながら聖に気付かれないように溜息をつく。
前を歩く聖をちらりと盗み見た。
緩やかな風になびく色素の薄い髪が、歩く度に右に左にと揺れている。
そこから繋がれた手に目を落とす。
手のひらを合わせるような繋ぎではなくて、指先だけを握るような。
母親の指を握る小さな子供みたいな手の繋ぎ方。
「帰ったら、昼寝に付き合ってね~」
振り返りもせずに眠そうな口調でそう呟く聖。
「嫌よ。一人で寝てなさい」
「ちぇ~」
そんな聖の背を見て、ずっと堪えていた笑みが零れた。