朝のキスを
まどろむ意識の中、唇をなぞられる感覚を覚えて覚醒した。
柔らかな感触がゆっくりと、何度も私に触れる。
目覚めた事を伝える為に閉じている瞼を開けようかと思ったが、思い直してそのままされるがままにしていた。
唇をなぞった感覚と同じ感触が頬を滑る。
今触れられたのは指先。
そして、触れているのは彼女しかいない。
頬を滑る指先が離れたのと同時に私は瞼を開くと、息が掛かる程の間近に彼女の顔があった。
あ、と小さく声を上げるミレイユ。
「起きちゃった? おはよう」
名残惜しそうにゆっくりと私から離れるとすぐ横に座り直した。
そして、悪戯を見つかって叱られたような苦笑を浮かべながらミレイユが挨拶をくれる。
「……おはよう」
覚醒し始めた身体を起こすと、挨拶を返す。
彼女が何を企んでいたのかはすぐにわかった。
言い出す事はないけど、その雰囲気で次に何をすればいいのかなんてお互いにわかっている。
だから私は何も言わずに、私を見つめる優しい瞳に吸い込まれるように顔を寄せると彼女の頬にひとつ、口づけた。
触れるだけのキスを送って彼女から離れると、ベッドから降りる。
「朝ご飯は?」
リビングへ繋がる階段の途中で、まだベッドの上にいるであろう彼女に声を掛ける。
そんな私に、ミレイユは苦笑しながら髪を掻きあげた。
「用意はもう済ましたわ。あんたがいつまでたっても起きてこないから起こそうと思ってたのよ」
その言葉に少し驚いて視線をテーブル台へ向けた。
二人分の朝食が用意されている。
そこで、ようやく辺りにスープの良い香りが漂っている事に気付いた。
連動して胃が活動を始め出す。
今にも鳴りそうなお腹の虫を押さえようと腹部に手を当てた。
そんな一連の行動を見ていたのか、ミレイユが苦笑しながら私の側を通り過ぎた。
「冷める前に食べましょ?」
「……うん」
こくんと一つ頷いて見せると、先にテーブル台の席に着いた彼女の後を追って自分の席に着いた。
「……いただきます」
小さくそう口にすると、目の前に置いてあるスプーンを手に取り、先程から良い香りを放っているスープを一口、口にした。
ミレイユがクロードさんを失ってから、変わり映えのない日々が数日過ぎた。
あの日から何も変わっていない。
同じように時を過ごしている。
ただ、私の中に揺らめき立った言い表す事の出来ない感情だけは、日を重ねる度に、僅かだけど大きくなっていた。
いつものように朝食を済ませその後片付けを済ましてリビングへと戻ってきた。
そうして、またいつものようにやる事もなく、ただ開け放した窓から外の景色を遠目に眺めていた。
流れていく雲を、ただ何となく眺める。
ふと、脳裏に今朝の事が浮かんだ。
そういえば。
どうして今朝、自分は彼女にキスなんてしたんだろう。
窓辺に置いていた指先で自身の唇に触れる。
あのまま目を開けていなかったら、きっと彼女から私へと触れていた。
彼女がそう求めていたから?
「ミレイユ、ひとつ聞いていい?」
パソコンの前に座っている彼女に振り向く。
ディスプレイを眺めていた彼女が顔だけを私へ向けた。
「何?」
「今朝、どうしてキスしようとしたの?」
問い掛けた私の言葉に、今朝の事を思い返しているのか少し視線を逸らした。
「あぁ、あれ。挨拶よ、挨拶」
笑いながら椅子ごとこちらへと向き直るミレイユ。
「それに、可愛い寝顔だったから、つい。だから深い意味はないわよ。気にしたならゴメンなさい」
悪戯っぽく笑って見せると、彼女はまたディスプレイへと目を移した。
「……気にしてないから。ただ、ちょっと不思議に思っただけ」
私もそう彼女に告げると、再度窓の外へ視線を戻した。
「けど、あんたも小さな事気にするのね。日本ではそう言う習慣的なものはないのかしら?」
遠くでそんな彼女の言葉を聞きながら、問い掛けに頷いて答える。
言われて、確かに挨拶程度のものだなと思う。
別に特別な事なんかじゃない。
家族や親しい友人たちに挨拶で軽くキスを送ったりする。
なら。
挨拶で私にキスしようとしたなら。
じゃあどうして、唇へ触れようとしたの?
横目で彼女を盗み見る。
真剣にディスプレイを見つめる瞳の蒼がとても綺麗に見えて、微かに胸の奥が高鳴る。
……こないだから、何か変だ。
ミレイユが大切な人を失ったあの日の晩から、彼女が私を抱き締めたあの時から、何か、変。
どうしてこんなに――――こんなに、彼女の事を思ってしまうのか。
どうして、私はこんなに彼女を意識してしまうのか。
開け放した窓を背にして、私は再度遠くからミレイユを見つめた。
日の光に透き通るようなその白い肌も。
瞬きする度に揺らめく長い睫毛も。
時々微かな声に出して説明を読み上げる紅の唇も。
全てがとても美しいものに思えてくる。
その綺麗なものに触れたいと思う。
胸の奥がどんどんと熱くなってきた。
ドクドクと心臓が早鐘のように打っている。
やっぱり、何かが変。
こんなに――――。
私は、こんなにも彼女を、ミレイユを欲しいと、思ってる――――。
足音を忍ばせて真剣にディスプレイを睨む彼女へと近付く。
ふと、それに気付いてミレイユが私へと振り向いた。
横に立った私を不思議な目で見ている。
二つの蒼の瞳が、再度私を貫いた。
彼女が言葉を口に出す前に、私の唇が彼女の唇を塞いでいた。
驚いて小さく声が漏れたが、キスに対しては抵抗を見せなかった。
あの日と同じ触れるだけの口づけ。
ものの数秒押し当てていた唇を離すと、そのまま肌を滑り落ちるように彼女の首筋へと口付けた。
さすがに本気で抵抗を見せるミレイユ。
「ちょっ、何のつもり?!」
半ば怒りを含んだ声が私を制した。
首筋に口付けた唇を離すと、私を見る瞳を正面から見返す。
「一体何考えて、私に何しようっていうの?」
鋭い光が私を見ている。
「――――ただ、欲しいと思ったから」
見つめられている瞳を少しも逸らさず、素直に自分の気持ちを口に出した。
鋭い光を宿した目に困惑の色が出た。
今度は不思議そうに私を覗き見ている。
「欲しいって…………つまり、そう言う事?」
「……うん」
彼女の言葉に頷いて見せる。
私の返答にミレイユは更に困惑した表情を浮かべた。
「ちょっと待って。あたしは女よ? そして、あんたも女。わかる?」
「わかってる。私も自分が変だって思うから」
「じゃ、どうして?」
「それじゃ、どうして今朝……唇に、キスしようとしたの?」
苦笑いを浮かべていた彼女の顔から少しだけ笑いが消えた。
「挨拶なら、頬にするものでしょ? だから、私は、今朝頬にしたわ。……けれど、ミレイユの表情が違った。…………どうして?」
私を見つめるその蒼の瞳を見ながら、今朝一番に感じた疑問を問い掛けた。
この疑問は、絶対に彼女じゃないと答えは貰えない。
この答えは胸の奥で燻っている感情を理解するための鍵だと思った。
彼女の答えが、この感情が何なのかを指し示してくれると思った。
言葉を捜しているのか、彼女が視線を逸らした。
彼女の言葉を待っていると、ミレイユがひとつ小さい溜息をついた。
瞬間的に否定的な答えが返ってくると感じた。
咄嗟に彼女の頭をあの日抱き締められたように、自身の胸に抱き締めた。
何を言われても耐えれるように固く目を閉じる。
「わからないけど、この気持ちが本当なら……」
「あたしの事が好きだって言いたいの?」
「この感情が人を好きになる気持ちなら…………好き、なんだと思う」
そう口にして、彼女を抱き締める腕に力を込めた。
「だから、こんなにドキドキしてる……」
先程から早鐘のように高鳴る胸の鼓動を聞かせるように抱きすくめる。
しばらくその鼓動を聞いていた彼女が、小さく「そうね」と答えた。
彼女を抱き締めたまま、収まりのつかない胸の鼓動を何とかして押さえようと、何度か大きく深呼吸した。
「――――いいわ」
小さい、けれど強い声が辺りに響いた。
反射的に声を上げる。
「あんたの好きな様に……しなさいよ」
ふと、ミレイユの身体の力が抜けた。
彼女を抱き締める腕を解く。
顔をあげた彼女の蒼い瞳と目が合う。
「…………本当に、いいの?」
を見つめる瞳を見ながらそう聞き返す。
レイユはそれに返事を返してこず、まるでそうだと言う様に瞼を閉じた。
クンと私の中で心臓が大きく脈打った。
唇の端へと軽く口づけると、先程と同じようにその首筋へと唇を滑らせた。
骨の辺りを少しだけ強く吸い上げると、ビクと彼女の身体が震えた。
の上を滑る唇と舌先の動きに、僅かだけど少しづつ彼女の息遣いが大きくなってきた。
肩を掴んでいた右手をゆっくりとシャツの上に滑らしていく。
その指先で呼吸で大きく上下する胸の突起に触れた。
与える刺激に、次第に固くなっていく乳首を指先で弄ぶ。
薄い生地越しに伝わる心地よい熱を直に触れてみたくていくつか止めてあるシャツのボタンをひとつづつ外していった。
はだけたシャツの胸元に手を差し込みその乳房を手のひらで覆った。
白い肌がうっすらと赤みを帯びている。
乱れの少なかった彼女の呼吸はいつの間にか荒いものへと変わっていた。
呼吸のおぼつかない彼女の唇に口づけると、開かれているそこへ舌を差し込んだ。
驚く事なく当たり前のように差し込まれた私の舌を積極的に自身の舌と絡ませ、吸い上げる。
呼吸をも忘れて互いの口内が溶けて混ざり合う程に濃厚なキスをしながらも、乳房を揉みしだく手を止める事はしない。
そうしているうちに彼女の方から合わせていた唇を離した。
忘れていた呼吸をするように大きく息を吸い込み、吐く。
苦しそうに息をする彼女の頬に軽く口づけ、もう片方の胸に舌を這わせた。
固くなった両の胸を指先と舌先で絶えず弄ぶ。
ビクビクと痙攣ぎみに身体を震わせるが、決して声を上げる事はない。
荒くなった呼吸が私の頭上から聞こえてくるだけだ。
声を必死に押し殺す彼女を見ていると、喘ぐ声を聞いてみたいという欲求が強くなってくる。
胸を責めていた手を身体のラインに合わせて下へとずらしていく。
肌を滑らせていた指先がジーンズに当たった。
迷わず止めてあるボタンを外し、ファスナーを下ろすと下着の上からゆっくりと下へ下へと指を忍ばせていく。
局部に指先が当たる。
ビクリと彼女の大きく身体が震えた。
ショーツの上を滑らせていた指に小さな突起が当たった。
「っ、は……ぁっ」
呻くような声を上げて、ミレイユが私へとしがみ付いて来た。
構わず彼女が一番敏感に感じる場所に、ゆっくりと軽く指を這わせていく。
「っ、んんっ…………んっ」
それまで強固に声を押さえ込んでいた彼女から殺しきれない喘ぎをあげ出した。
私がそこを軽くなぞる度に大きく身体を震わせ声にならない喘ぎをあげる。
ミレイユが重心を移す度に、彼女の腰掛けている椅子が小さくきしむ音を立てていた。
必死に私の腕を掴んで与えられる快楽に耐えているミレイユの耳元に唇を寄せた。
「声が、聞きたい」
短くそう告げて、私は返事も待たずにその場所を指の腹で強く擦り付けた。
「ふ、あぁっ!」
今まで与えていたよりも強い刺激に、堪えきれなかったのかミレイユが大きな声を上げた。
ぐったりとした感じで私に縋ったまま肩で呼吸をしている。
指先をもっと下へと伸ばすとそこはすでに熱を帯びていて、ショーツ越しにもその熱が伝わってきた。
しっとりと濡れているそこを下着の上からゆっくりと愛撫した。
少しづつジーンズをずらしていくとそれに気付いたのかミレイユが少し腰を浮かしてくれた。
手際良くジーンズを脚から抜くと、露になったショーツの中に手を差し込み、ぐっしょりと濡れているその割れ目に指を滑らせた。
前の愛撫で溢れた愛液が手のひらを濡らしていく。
それを彼女の秘所へと擦り付けるように手のひらで局部を撫で付けた。
「あ、あっ、んっ、あっん」
先程のが引金になったのか、それとも声を殺す事が出来ないでいるのか、ミレイユの唇からは躊躇いなしに甘い声が紡ぎ出される。
官能的な声がちりちりと私の頭の奥を焼いていくような感覚を覚えた。
彼女に触れる前からあった強い欲求が、その声に反応して大きく広がっていく。
つぷりと、何の予告も無しに彼女の中へと中指を滑らせた。
続けてそのまま人差し指も挿入する。
「ふあっ、は、ああんっ!」
膣内を掻き回すように2本の指を蠢かせる。
挿入した指を吸い上げるように熱い壁が締めつけを見せた。
それをほぐす様に膣内を揉み上げる。
絶え間無く送られる快感に、しがみ付く手にも力が入らなくなってしまっていた。
椅子の背凭れへ彼女の身体を預けさせ、空いている腕を肩へと回す。
耳朶を唇でなぞりながら、挿入した指の動きを少しづつ早めていった。
「あっ、あっ、ぅん、っ!」
その指の動きに合わせてミレイユの上げる声も甘く熱を帯びていく。
身体を震わせながら快楽に身を委ねる彼女の大きくそらされた首筋に舌を這わせながら、喘ぎをあげる唇へと自身の唇を寄せた。
「……好き」
短いキスを何度も交わしながら、頭の中にあった言葉を呟く。
快楽の波の中にいる彼女には囁くような私の言葉は届いてはいなかった。
高みに昇りつつあるミレイユを細めた目で見ながら下を責めている手の動きを大きなものにする。
同時に手のひらでぷっくりと十分過ぎるほど充血している陰核を擦り付けた。
「っ、あ、はんっ、だ、ダメ、っ!」
呼吸を忘れて声を上げるミレイユ。
頃合を見計らって、その一番敏感な所を親指の先で強く弾いた。
「ぁ、あああっ!!」
一際大きな声を上げて、ミレイユは快楽の高みへと昇った。
秘所から指を引き抜くと、少し白く濁った愛液が溢れ出た。
濡れた右手の指先の愛液を舌先で舐めた。
適当に自身の手の愛液を舐め取ると、両肩で大きく呼吸している彼女を遠目に見つめた。
…………まだまだだ。
まだ、答えを貰っていない。
一番欲しいものを、まだ貰っていない。
力無く下げられている手を取ると、無理矢理椅子から引きずり下ろし床に押し倒した。
そうして、彼女の腰へ馬乗りに跨る。
いまだに余韻に浸っているミレイユの頬に手を当てた。
「――――まだ……まだ、足りないわ」
頬に当てた指先を、その火照った肌へと滑らせた。
唇、首筋、胸元、鳩尾となぞって行く。
指が肌を滑る度に落ち着きつつある快感が蘇るのか、小さく声をあげた。
へその辺りで指を止めて、荒い呼吸をするミレイユを見下ろした。
忙しく胸を上下させながら呼吸を整えようと大きく深呼吸している。
「ねぇ、ミレイユ。私、まだ貰ってない」
語りかけるように静かな音で言葉を吐き出す。
私の掛けた言葉に、それまで閉じられていた瞼が開かれた。
「…………答えを、まだ貰ってない」
やや空ろな視線を天井に向けながら何かを考えていた彼女へ更にそう告げた。
「キスして」
ぽつりとそう呟かれた唇にゆっくりと唇を重ねた。
じゃれ合うような軽いキスを交わして、唇を離す。
「どうしてキスしたのかしら?」
私の目を見ながらミレイユがそう問い掛けてきた。
「それは……ミレイユがさっき……」
「それだけ?」
いつもの強気な口調でそう聞かれる。
「……今朝のキスの答えを、まだ貰ってないから」
頭の中にあった言葉を捜しながらそう答えた。
「それだけ?」
先程と変わらない口調でまたそう問われた。
彼女が何を言いたいのかわからなかった。
一体何が言いたいのかが、全然わからない。
どう返していいのか言葉に詰まった私をミレイユは優しい瞳で見つめていた。
この蒼い瞳に見つめられると、どうしてかドキドキして胸の奥が温かくなる。
そうして、優しい気持ちが溢れてくる。
『好き』と思う感情が溢れてくる。
「――――『好き』、だから」
合わせた視線を逸らし俯いて、感じた気持ちを素直に口に出した。
ゆっくりとミレイユが上半身を起こした。
不意に頬を触れられる。
「……だから私も身体を許した。――――わかる?」
柔らかな声が私を包んだ。
言われた事を頭の中で反芻してその意味を考える。
私は彼女を好きと言った。
彼女はだから身体を許したと言った。
「……ミレイユも、私が好き?」
私の中で導き出した答えを呟くように口に出す。
顔を上げると優しい笑みを浮かべたままのミレイユが私を見つめていた。
「ミレイユも、私の事、好き?」
純粋な問い掛け。
私にとって、今一番聞きたい問題の答え。
少しの間を置いて、彼女がクスリと小さく笑った。
頬に触れている手のひらがそっと私の両の頬を包み込んだ。
「えぇ」
暖かな言葉を告げて、あの日の晩と同じようにミレイユが私を抱き締めた。
収まりのつかなかった高ぶった感情がゆっくりと落ち着いていくのがわかる。
心地良い暖かさや、柔らかい香りや、くすぐったくなる笑顔が。
『私』を見つめてくれる瞳が。
とても、本当に心地良い。
探していたものは、これなのかもしれない。
私自身と自分を好きと言ってくれる誰かを、探していたのかもしれない。
彼女の腰へと恐る恐る腕を回して、ぎゅっと抱き締めた。
頭上からまた小さく笑う声が聞こえる。
「もう……ホントにヘンな娘ね、あんたって」
ミレイユの胸に抱かれながら小さく笑みを浮かべて、私はひとつ、小さく頷いた。